第23話 バンガスとアズライド
翌朝になりボンヤリと目が覚めたバンガスは、隣で既に起きているアズライドに気が付いた。
アズライドもその様子に気付いたようで笑顔を浮かべる。
「おはようございますわ」
「おはよう」
土気に塗れていたアズライドの服装は一新され、元の煌びやかな汚れ一つない状態に戻っている。
付いてくるようになってから毎日几帳面に身嗜みを整えているが、それに対してバンガスは女ってもんは大変なんだなと染み染み思っていた。
バンガスは火を片付けアズライドはテントを仕舞い、そしてそろそろ出ようかとする時にアズライドが声を掛けてきた。
「お師匠様」
その呼ばれ方にはやはり小っ恥ずかしいものがある。
「バンガスでいいって。恥ずかしいからそれ止めろ」
「いえ、お師匠様とお呼びしますわ」
「お前ぇも結構意固地な女だな……」
今日は取り敢えず国境まで向かうかな。そろそろこの国から出たいと思ってたし。
バンガスはその考えの下歩き出し、アズライドは楽しげに後を追って行く。
今まで1人暮らしていたバンガスにとって背中に人の気配をいつまでも感じるという環境は違和感があり落ち着かない。
大自然に適応し過ぎた故の弊害といえる感覚だった。
「昨日話しそびれてしまったのですが、あの村で聞いてしまったのですわ」
「何をだ?」
「金が浮いて良かった。……もしかして私達、騙されたのではありませんか? お芋さんを報酬とする事で金銭の支払いから逃げられてしまったのでは」
なるほど。妙な違和感はそれだったか。
バンガスはそう思い、アズライドの不安げな言葉に返す為口を開く。
「別にいいんじゃね? 値切られた訳でも無し、物で貰ってんだからよ」
「でも、メチャクチャ頑張りましたのよ?」
「金にゃまだ余裕がある。アズライドも暫くは大丈夫って言ってたろ? 芋もうめーだろ」
「美味しいですわ」
「タダ働きさせられたってんなら出るとこ出るけどな。まぁ、それでもこの大自然にゃ腐るほど食いもんが転がってる。何があってもそうそう死にゃしねえ……これとか食える」
掻き分けた草の中から一つ、バンガスが経験で知り得た食物になるそれを引っこ抜く。色だけではまるで違いが分からない。
「緑ですわ」
アズライドも首を傾げている。バンガスは更に近くの葉っぱを千切る。
「これも食える」
「こっちも緑ですわ……」
バンガスはその二つを生で咀嚼しながら、更に近くの茎が巻くような草に気付いた。
「あ、これ俺好きなんだよな」
「ギャオオオオン! 全部お緑さんですわああぁぁぁ!」
「はっはっは! 全然分かんねーよな! 最初は俺もそんな感じだったぜ! この木の実とか分かりやすいがな——」
そんな会話を交わしつつ、バンガスとアズライドは大自然の中に点々と存在する食物を見て回る。
アズライドは食せるもの駄目なものの振り分けをバンガスから教わって、その細々とした違いに頭から煙を吹いていた。
増えてくると蔓を編んだ籠を作り、内側には大きい葉を広げて食物を入れ持ち運ぶ。
『拡張保存』の聖アイテムに直接放るのが楽ではあるが、細々とした物を入れ過ぎても整理をするのが面倒。ある程度纏めた方が楽なのだ。
「そういえばお師匠様は大自然に帰りましたのに何故お金を必要とするのですわ? なんとなく気になりました」
「酒」
「簡潔ですわ。物凄く簡潔です」
「うめーんだから仕方ねーんだなこれが。本当なら酒も断つべきなんだろうがこればっかりはな」
知ってしまった物はどうしようもない。
バンガスが非正規冒険者という肩書きを維持している理由の9割がここに詰まっている。残りの1割は慈善事業としてだ。Sランクという高みに到達している自負は一応あるのだ。
歩き続けているとアズライドの息が切れて来た事をバンガスは感じる。
連日の疲れが蓄積しているのだろう。
自分の面倒は自分でみろ。そう言ったものの、置いて行くのにはやはり罪悪感がある。なんだかんだで面倒見の良い男バンガスである。
……棍棒のストックがもうないんだったな。今日は補充だな。そうしよう。
あくまで自分が自分の為に自由に決めたのだと、バンガスは適当な座り易い岩を見つけるとそこで腰を下ろした。
「はぁ、はぁ……。休憩なさるのですか?」
「棍棒がもう無くなりそうなのを思い出したんだよ。今日はもう動かねぇ。お前ぇもやりたい事やってな」
そう言ってバンガスはレザーコートの中から削りかけの丸太とノミを取り出した。
小さな椅子を取り出して座るアズライドを横目に、バンガスは力強くノミで削りアイテムを形成して行く。
アズライドはただジッと黙ってバンガスの挙動に目を凝らしていた。
そこそこ形が出来上がった所で軽く振ってみる。微妙に重いような気がした。
「うーん。もう少し削るか」
「その棍棒さん手作りでいらっしゃいましたのね」
「あぁ。雑な使い方ばかりすっから直ぐ壊すわ失くすわ、作るのもまぁ上手くなっちまったよ」
今までに何本仕上げたっけな。100じゃ間違いなく利かねーな。
アズライドはただただ、そのバンガスの様子を見続ける。何処か懐かしむような雰囲気があった。
「昔、絵を描いていたのを思い出しますわ」
「……止めちまったのか?」
「ええ……冒険者になってからというもの、手の痺れが出て来てしまって。筆が安定しなくなってしまいました」
自らの手を摩るアズライドを見て、バンガスは徐に棍棒を置いてノミを渡す。
「試しに持ってみろ。筆と思え」
「え? えぇ……」
バンガスに言われるがまま受け取ったアズライドは筆を使うように持ち方を変える。軽く動かすと震えはなかった。
「痺れ……ませんわね。この前までは確かに……」
「精神的なもんだったんだろ? これでまた筆が握れるじゃねーか。良かったな」
そう言ってバンガスは機嫌良く笑うのだった。
ノミを受け取りまた棍棒を削り出す。先程と違うのは、頰をそのドレスの桃色の如く染めたアズライドの視線が強く刺さっている事か。
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