第12話 閃きに燃える


 パンケーキと茶の、随分と覚悟の決まるこの二つのみをメニューとしていた。作り手の「別の物が食べたいなら他所に行け」。そんな意思をも感じさせる。


 マッチポップは2枚。アズライドは此処に来てやはりカロリーが気になり1枚。そして茶も頼み談笑しながら届くのを待った。


「——この乳と粉と卵グチャ混ぜにして焼いたやつウンマッ! ハフッハフハフ! シュガーマインド!」


 マッチポップは届き次第勢いよく食し始めた。


 アズライドの前にも一点の曇りもない焼き上がりが湯気を立てる。厚みのあるそれはフォークの押し付けをも受け入れ、反発せずその身に沈む。


 赤茶色の照りのある蜜に、白く鎮座するバターが混じり合いコントラストを作り上げている。


 目を奪われるように眺めていたアズライドはそのパンケーキを口にすると、まるで疲れや何もかもの一切が吹き飛ぶ感覚に陥った。間違いではないだろう。


 ただ黙々モグモグと開く口を食事にのみ没頭させ、あれよあれよという間に皿の物は姿形を無くす。


 少し冷めた、舌に優しい頃合いの茶をアズライドは啜った。


「マッチポップちゃん。誘って頂き感謝に堪えませんわ。……でも、お恥ずかしい所を見られてしまいましたわね」

「ゲフッ……良い大人でも引き出しにパンパンに飴を詰める方がいますからね。恥ずかしさレベルで言いますと1!」

「うふふ。ありがとうございますわ」


 そう返しつつもアズライドは物鬱げに表情を暗くする。


 食事を摂り落ち着いたは良いものの、それは起きた問題が解決している訳ではない。寧ろその物事に冷静に考えられ始めると、どうしたものかと八方塞がりに頭を悩ませた。


「それにしても何があったのですか? 帰宅ポップちゃんの途中でお見かけして声を掛けましたが」

「ギルドから出て行けって、追い出されちゃったの……」


 アズライドは短くそう言った。


「ありゃりゃ。これまた大事ですねぇ」

「私、自分でも分かっているの。この悪癖治さなきゃなって……。でも、でも……頭に血が昇るとどうにもならないのですわぁ!? ギャオオオオン!!」

「噴火をディップ!」

「あ、ありがとうございますわ。……本当にお恥ずかしい」


 直ぐにカッカしてしまう性格は治りませんわ。アズライドは情けなくもそう思う。


 倍量頼んでいたマッチポップは少し遅れ食べ終える。油により艶の出た口元を布巾で拭う。


「行くとこないなら家に来ませんか? 変なおじさんがギルド長なので」

「変なおじさん……お義父様をそんな風に言ってはいけないわ。マッチポップちゃん」

「私は変な娘ですけどね」

「自覚あったんだ…………」


 自分も変だけどマッチポップも変。おかしな2人の組み合わせ。アズライドはそんな認識だった。


「何処も人手不足でぇございやすし。私としてはお知り合いであるアズちゃんと一緒になれたら嬉しい訳ですよ」

「……やっぱり、もう一度戻れないか話をするわ」

「また嫌な目にあっちゃいますよ?」

「それでも。私の居場所はあそこにしかないもの」

「居場所なんて何処でだって作れますよ。バンガスさんなんて野生原人なのに楽しそうに暮らしていますよ? 税金払ってるんですかねあの人」


 知り得ない人物名がマッチポップから飛び出て、アズライドの頭には途端ハテナが浮かんだ。


「バンガス? それはどなた?」

「知りませんか? 世界5本の指に入るほどの大ギルド『探究者の巣』を抜け崩壊させた、個人ランクサイコー保持者のめっちゃ強くて臭いおじさんです」

「あぁ……そういえばギルドのお仲間さんが言ってらした……様な気も……」


 なんとなーく記憶の片隅にあるような無いような。しかし全くの初聞きではない既視感めいた感覚は心の内にある。


 バンガス……個人ランク最高の保持者……。その二つを考えた時に、唐突にアズライドは閃いた。


「そうですわぁ!!」


 勢いよく席から立ち上がると、目の前のマッチポップは驚いて体をビクつかせる。


「びっ、びっくりしました。どうしたんですか突然」

「バンガス様をお迎えしてギルドへと舞い戻れば、皆様私の事見直してまた戻れますことよ! 尊敬する眼差しで見てもらえますわ!!」


 不手際にはそれを覆い隠す程大きな功績で塗り潰す。アズライドの考えはそれはそれは力技であるとしか言えない。


 しかし名案だと意気揚々なアズライドに対し、マッチポップは何処か言い辛そうな困り難い表情を浮かべた。


「あー……バンガスさん手強いですよ?」

「そうなの?」

「下手な人が作ったカッチカチのパンケーキのように隙がありません。何処を攻めてもフォークが入り難いのです。まるでガードの硬い女の如く」

「それでも、今の私にはその道しかありませんわ。……どんな苦境もなんのその! 全身全霊のお怒りで駆け抜けますわ!」


 他に縋る手は無い。謂わば降って湧いた蜘蛛の糸の如く、バンガスのギルド加入への誘いという行為に希望の一筋を見出していた。


 マッチポップは考えるように腕を組む。


「前回お会いした時からもう1週間くらいですね……。よし! 私が一緒に着いて行ってご案内します! 最近物騒ですからね!」

「良いの? マッチポップちゃんもバンガスさん狙ってらっしゃるのでしょう? それに運び屋さんのお仕事だってあるのに」

「困っている者を見捨てておけない、おかない。拾ってお届け。それが運び屋のモトモットーです!! 確実に引き入れられるように対策を考えましょう!」


 マッチポップのその提案にアズライドはいたく感動する。自らの利益を他所に置いて他人の為にと尽くそうとする在り方は眩しく映った。


 それに相応しい礼とは何か。アズライドはスカートの裾を指先で持ち上げ腰を引き頭を垂れる。


「不肖な私の為に……感謝が絶えませんわ。お言葉に甘えてお世話になります」

「一時のエンゲージ。ゲジゲジ。フューエルトベロスは1人用だぜい!」

「虫さんは苦手なのですわー!?」


 もしやバンガス様は山の中にでも居られるのでしょうか。アズライドはマッチポップの言葉からそう予測するのだった。

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