第11話 厄介お姫様

* * * *



 

 赤い胸当てと赤い雫のようなイヤリングを付けた集団が1人の女の子を囲んでいる。向けられる意思は忌避感という一つの集合に塗り潰されていた。


 その女の子の容姿といえば、歩けばふわりと浮くような桃色のドレスを着飾って、肩に掛かる程の茶髪は毛先が蔓の如く捩れている。


 憂いを帯びた瞳に垂れ下がる眉。鼻は高く、腫れぼったい唇は恐怖故か小刻みに震えていた。


 この中のリーダー格と思しき人物はその女の子の目前に立っており、手には今し方この娘から剥ぎ取った胸当てとイヤリングを持つ。


 室内は数十人がひしめいても余裕がある。天井も遥か空の如く高い。2階からは幕を張るように真っ赤に一色の布地がいくつも垂れ下がっていた。後は使い古された木机と椅子が乱雑に並ぶ。


 場所も含め考えれば、このイベントは何処かのギルドの本部で起きる、謂わば内輪の制裁といった解答えに辿り着く。


 ならば何故この娘はこのような状況下にあるのか。当人は困惑し訳も分からずただ不安気な瞳を目の前の人物に向けている。


「——我らがギルドメンバー、アズライド・アックル。本日を持って君をギルドから追放処分とする」


 冷徹な瞳で見下ろすその男は、無機質に感情の消え去るまま一言をぶつけた。


 アズライドはどうしてそんな酷い事をと尚更彼の言っている事に混乱を覚えた。今日もいつものように、ただ自分の所属するギルドに張り出される依頼を受けようと足を運んだだけなのだ。


 あれよあれやという間にギルド所属を示す装備を剥がされ、そしてゾロゾロと人が集まっていき現在の意地悪く囲まれる現状となった。


「……どうしてなのですか? 私、このギルドに貢献してきたじゃありませんの。こんな、こんな急に……納得行きませんわ!」


 一言二言で去れと言われても到底納得出来ない。このギルドには少なからず力を貸して来たと考えるアズライドは当然なのだと強く語った。


 男は露骨に呆れたといわんばかりな表情を見せる。


「アズライド。最早このギルドに於いて君とチームを組みたがる者がいないんだよ。個人ランクも普通、されど扱い難い。そんな者を置いて置ける程余裕はない」


 キッパリとそう言った。


「な……は、は……」

「纏める荷物はないだろう。脱退の手付きはもう済ませたから」


 何故自分がそこまで嫌われてしまったのか。少なくとも誰1人擁護する者が居らず孤立無援の形になっているのは、仲間との関係性を深めて来れず限りなく不仲であるからだ。


 今の自分の立ち位置を分からぬアズライドではなかった。されど、こんな恥を作り見せしめにするようなやり方に、体の中心から煮え蠢く怒りの情動が天辺にまで溢れる。


「う、う……ギャオオオオオオオオオオン!!!」


 叫び声を伴って。噴気のままにアズライドは顔を真っ赤に染め上げた。そして両手の拳を強く握り締め、足をガニ股に地団駄を踏み始める。


「どうしてですのおお!! 私頑張ってますのにいいいい!! 皆様のお役に立てますように努力したのにいいいい!! ダンジョンだって私がいたからこそ攻略出来た所もありますのにいい! ギャオオオオン!!!」


 囲む者達の表情が押しなべて困り果てる。目の前の男も冷や汗を一つかいて、心底疲れたと言いたげにこめかみに指を当てた。


「……それなんだよ。その癇癪に皆んな困っているんだ。アラン、マールドラ。摘み出せ」


 うんざりだとする男の指示に2人の男がやってきて、そのまま手早く両腕を抱えられ引き摺られる。


「離して! 離して下さいましいいいい!!」


 アズライドのお尻が摩擦で熱を帯び、靴の踵がコツンカツンと音を鳴らして、アズライドは開かれたギルドの大扉から外へと投げ出される。

 

「じゃあなアズライド。元気でやれや」

「もう2度と僕達の前に現れないで下さいね……」


 2人の言葉を最後に、扉は心残りは無いのだと勢いよく閉まるのだった。


 石のタイルに突っ伏すアズライドは、擦れた体の痛みの脈動を感じつつ更に顔を赤くする。


「ギャオオオオオオオオオン!! ギャオオオオオオオオオン!! 許せない許せない許せない許せない!! 許せませんわあああああ!!」


 寝転がったまま大暴れ、砂埃が巻き上がる。道行く人々は奇異な者を見るような目付きだった。


 受け入れて貰えていたと思ってたのに。今までの全てまやかしで1人小踊りしていただけだった。それとなーく避けられていた実感はあれど、ここまでとは到底思っていなかった。


 言って下さらなければ分かりませんわ!!。


 アズライドの目元には熱いものが込み上げるが、上回る怒りの熱量に一瞬の内に蒸発する。


 仰向けになって唸るアズライドの視界に颯爽と、現れたる太陽を遮った何者かが黒いシルエットとして映った。


「アズちゃんこんにちわ。今日もお元気カッカッカでございますね〜」


 グリーン帽を取って指に掛け、くるくると回すマッチポップの姿だった。


「はぁぁ。はぁぁ。い、怒りで震えて怒りが治まりませんわ……! こんにちわ……マッチポップちゃん……!」


 腹の底から発声されたが、女性としては非常にドスの利いている。


 アズライドとこのマッチポップ。関係で言えばそこまで長いとは言えない。だがアズライドにとってはこの街で唯一の友人関係である事に間違いない。


 出会いはこの街にやって来たアズライドが犬を追いかけ回していた所に端を発する。最初はその野犬に目を付けられ追われていたのだが、怒りを燃え上がらせ爆発したアズライドによって逆転。


 怯え切った犬を見たマッチポップがアズライドを制した。だが治らないアズライドと一悶着を交わし、そんなちょっとした戦いが今日までの関係を生んだ。


 マッチポップは相変わらずの純心ハレルヤな笑顔を浮かべている。


「パンケーキ食べに行きません? 腹の虫がシャウトォッ! バンドマンの方向性、違い過ぎの助」

「ギャオオオン!! 食べるぅぅぅ!!」


 カロリー制限していましたけれどもう知りませんわあああ!!。


 アズライドは飛び起きて、怒りに満ち溢れるままマッチポップと大通りの地面を振動させる。何故かガニ股歩きをマッチポップは模倣した。


 そのままマッチポップの案内で、進んだ先の巨大な噴水を囲む十字路。そこの端にあるポツンと立つ一つの店へ2人は足を踏み入れた。


 店内に漂うほんのりと甘い、蜜の香りが未だ怒りに燃えていたアズライドに正気を取り戻させる。食い気という本能により上書きされたとも言える。


 昼時を過ぎたおかげか人は点々といるばかりである。2人に気付いた店員の案内の下、良ければテラス席が空いているとの事で、暖かい日差しに晒された丸く白い机の前に腰を下ろした。

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