第10話 馬鹿2人
マッチポップとエネムは場所を変え、来客用の椅子に座り溶けたゴムのように項垂れていた。
「……思い返してみれば、あの後も色々ありましたねぇ」
「そうだね。孤児と分かってその後どうするかギルドで揉めた時が一番大変だったなぁ」
「フェンルルさんが庇ってくれたのが嬉しかったです。またいつか……会えますかね?」
「会えるとも。フェンルルちゃんは僕たちの胸の中で生き続けてるのだから」
「……勝手に殺すな。馬鹿2人」
そして2人を見下ろすように姿を見せたのは、長い荒れ気味の灰髪を腰まで下ろす、目付きの鋭い女性フェンルルだった。溜息を吐いて、根付いた眉間の皺は歳を経て濃く張り付いている。
マッチポップは口元を持ち上げ、同時に体も持ち上げフェンルルを見上げる。
「そういえばどうしてあの時フェンルルさん付け耳なんてしてたんですか? コンコン」
眉間がピクリと動いた。
「…………」
しかし目を瞑り無言。マッチポップは重ねてその対応が不思議だった。
隣のエネムが軽く手を振る。
「それはね。僕がじゃんけんに勝ったから」
「じゃんけん?」
「そう。僕が負けたらギルド長の座を譲る。勝ったら暫く付け耳をしてもらう。その条件でね」
フェンルルの厳しい顔付きは変わっていないものの、どこかほんのり頬に染まる朱色の浮かびにマッチポップは勘付いた。にやにやと笑う。
「欲しかったんですかぁ? ねぇねぇ、ギルド長になりたかったんですかぁ?」
フェンルルはカッと目を見開いた。
「うるさい! 私にだって一国一城の主人になりたい時もある!」
「マッチポップちゃんが来てから落ち着いたんだよねー。僕としては代わって上げても良かったんだけど」
「……その余裕が私を苛立たせる。白雷の乙姫と呼ばれたあの時に戻っても良いんだぞ私は」
白雷の乙姫。フェンルルがある聖剣を用いて変化する特異な形態。見た事は無いものの他のギルドメンバーからマッチポップはその話を聞いていた。
エネムと目を合わせ両者頷く。
「ギンギラギン! ラメィ!」
「ギンギラギン! ラメィ!」
「お前達の明日の仕事は倍だ」
カウンターが見事に鳩尾に決まる2人は途端に膝を着いた。負けた、やられました。マッチポップは完全敗北とぐうの音も出ない。
「許してえええええ!! フェンルルさまああああ!!」
「フェンルルちゃんゴッド! まぶちーフラッシュ!!!」
謝っているつもりなのか茶化しているつもりなのか。謝罪の気持ちはあれど恐らくその口調とテンションは変わらない。
日常的なものでこのフェンルルも慣れているのだろうが、しかしそれでも額に浮かぶ青筋は内部の感情を多大に主張する。
「……まさかこの面倒なのがもう1人増えるとは思ってもなかったぞ。私は」
エネムとエネムジュニア。2人をもって攻防一体と化した現状はまさに無敵。フェンルルのみならず他のギルドメンバーも大なり小なり嫌気はさしている様子である。1足す1は無限大。インフィニティな空間が速達にてお届けされるのだ。
「そいでそいで、フェンルルちゃんはどんな御用ムキムキサイドチェスト?」
「損害報告だ。この前、北のナラン村に物資輸送の依頼を受け派遣したメンバーが今傷を負って帰還した。野盗に襲われたらしい」
「怪我の容体はどうだい?」
「命には別状無い。しかし暫くは動けないだろうし、何よりも予定を過ぎるから依頼人がかなりご立腹だ」
エネムは悩ましく顔を歪めスッと立ち上がる。
「仕方ない頭下げに行かなきゃだね。アチャー! 再派遣のメンバーは大丈夫?」
「問題ない。ルートを変え護衛を増やし既に向かわせた」
「OK! ちゃちゃっと土下座丸」
ギルドでの失態にも関わらず、エネムは鼻歌混じりにこの部屋の出入り口扉へ歩く。その後ろ姿をマッチポップは見つめた。
「いってらギルド長! お土産なんか買って来てくださーい!」
「お義父さまとよ、ん、で♡」
「私のウェディンッ! 涙のフォーティ!」
「まだまだ35! 俺は巫女だあああああぁぁぁぁ!! ゴッドフェンルルちゃんが主神です」
「早く行け。馬鹿エネム」
名残惜しくもエネムはフェンルルから蹴り飛ばされ、無理矢理退室させられる運びとなるのであった。
ついでに立ち上がったマッチポップは両腕を伸ばして関節に集まった空気を抜く。クラッキング! クラッキング! 私は泡になりたい。心の中でも一等煩い女である。
「マッチポップはこの後どうするんだ? ここに居るなら仕事を振るぞ」
淡々と語りかけるフェンルルに向き直し、日輪が咲くような笑顔を浮かべる。
「おうちに帰ります。今度パンケーキ食べに行きましょー?」
「時間があればな」
「言質取ったやりました! 楽しみに待ってますね♪ 逃しませんよ?」
「別に逃げる理由もないが……」
マッチポップは帰ろう帰ろうと出入り口へと歩くと、あ、そういえばと一つ言い忘れていた事を思い出した。
「フェンルルさんに報告するの遅れてましたね。バンガスさんのところに来ましたよ裏ギルド」
「やはりか。何処だった?」
「奴隷商ギルド『孤児院』です。現れた部隊は壊滅しましたけど口ぶりじゃまだまだメンバーは居そうな雰囲気でした。バンガスさん大丈夫かな」
「簡単にやられるタマでもないだろう。粛々とマッチポップは引き入れる術を模索してくれ」
「私、難しければ難しいほど燃えるタイプ。待ってろよおお!! 妖怪垢まみれ!!!」
いつの日か絶対運び屋に参加させ、そして全身の垢から毛に至るまで刈り尽くす。バンガスから濁点を取り上げハンカスにする。それこそが私の生まれた意味、使命であるとマッチポップは奮起するまま考えた。
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