第46話 おかしな再会


 時間が時間なので人のいる気配はない。しかし店前にまで行くと、その扉の立て札にはオープンの表記が向いている。


 となればやはり店自体は開いているのだろう。それは良いのだが、年齢的な意味で場違いじゃねーのかと重ねてバンガスは思うのである。


「お婆ちゃんが1人でやっているので朝が早いんですわ」

「お年寄りならそうか。それは納得なんだが……」

「ごちゃごちゃ言ってないで入りましょーよ。往生際が悪いです」

「お前ら随分と乗り気だよな」


 楽しげなアズライドとマッチポップに連れられて3人はその店に足を踏み入れた。


 店内は上から下までずらっと商品が並んでいる。菓子屋との言葉通り、その全てがカラフルに子供の喜びそうな甘味やらで溢れる。


 客は居ないだろうと思っていたバンガスのアテは外れて、この店内には1人だけ寝巻きの様な格好の者がいた。


 特徴的なストレートヘアーにどこか見覚えがある。


「ああああ!! 貴方は!!」

「ん……なんです?」


 マッチポップは大声で指を差し、その声に男が振り向いた。


 バンガスも「あっ」と口にする。


「シューベルゲンじゃねぇか」

「これはこれは……声からしてバンガスさんですね? 随分と奇抜なマスクを着けておられますね」

「色々あってな」


 小さな丸眼鏡を持ち上げニヤリとシューベルゲンは笑った。


 アズライドはよく分からないとそんな様子で3人を見る。


「何のお話をしているのですわ?」

「裏ギルド『孤児院』の会計管理! 此処であったが100年目! 戦いのゴングが鳴り響く!」


 やる気元気のマッチポップを置いて、シューベルゲンは落ち着いた雰囲気を崩さない。


「プライィベートですので」


 マッチポップの啖呵をそう一蹴した。


「菓子が好きって面でもねぇだろ」

「おやおや、人の外面だけで判断するのは些か浅慮というものがありませんか? そもそもバンガスさんも来ているではありませんか。言える立場にないので?」

「それはそうだけど……半分付き添いみてーなもんだ俺ぁよ」

「成程。……私はまぁ、菓子が普通に好きですよ。大人の財力で大量に買い上げる様を子供達に見せつけるのが趣味でもありますが」

「嫌らしい男だなお前……」


 言葉の通りシューベルゲンの手にある籠は菓子類が大量に、無造作に放り込まれていた。


「今度こそ、このマッチポップちゃんがコテンパンにのして差し上げます! 有耶無耶にしておくべからず!! 拳を突き合わせろ!!」

「プラァイベートですので」


 あくまでプライベートであると口にするシューベルゲンは戦う気が本当に無いようである。それは野生下で生きてきたバンガスが本能で理解出来る。


 反発するマッチポップとは対照的で水と油に似た空気があった。


「ねぇねぇ、何の話か分かりませんわ?」


 それにしてもアズライドは何も分かっていない風である。答える者はなく、いじけるようにムクれた。


「ごちゃごちゃ煩いねアンタら」

「あっお婆ちゃん。おはようございますですわ」


 カウンターの側で存在を薄めていた老婆が口にした。迷惑そうに顰めっ面をしているものの、アズライドは待ってましたと何処吹く風である。


 これが店主か。一応訊いておくかな。


 バンガスはそう思ってカウンターまで向かう。その真隣にシューベルゲンが居る構図である。


「……此処って酒置いてたりしないよな?」

「あるよ」

「マジかよ」


 老婆はカウンターの物陰に姿を暗ますと、何やらガラスの響きを伴って一本の瓶を台に上げる。


 芋焼酎『飲偉のめてえらい』のラベルが貼られた物だ。


「芋焼酎……また芋か」

「文句かい?」

「違う違う。縁があるなって話さ」


 どうやら旬の野菜らしいし、偶然でもなさそうだけどな。


 よく見ようと瓶を取った。すると視界の真横から手が出て来て、見せびらかすように菓子のケースが握られている。


「このきなこ餡子とよく合いますよ」

「そうかサンキュー。なら色々買ってくかな……」


 バンガスはそれを受け取って、自身も籠を一つ持つと店内を物色し始めた。


 状況に対しての理解を諦めたのか、アズライドは既に店内を楽しげに見ている。未だ動かずのマッチポップは体をワナワナと震えさせた。


「何でちょっと仲良い雰囲気なんですか! マッチポップちゃんの方が先輩!」


 目を潤ませて頬を膨らませるマッチポップの姿。バンガスとシューベルゲンは揃って見たのち、お互いに顔を合わせる。


「だってプライベートなんだろ?」

「ええ。仕事は持ち込まない主義ですので」

「敵だぞおおおぉぉぉ!! 信じるなぁぁぁ! ドカグシャァ……犬猿!」

「麩菓子が好きですわ」


 アズライドは大量の麩菓子を詰めていた。味は様々。色とりどり。


 空気に慣れているアズライドを一瞥し、マッチポップに戻したバンガスは溜息を吐いた。


「マッチポップも何か買えよ。みっともないぜ」

「ムキー! 菓子バトルしましょうよ菓子バトル!!」

「食い物じゃ遊ばねぇよ俺は」

「私も同じく」

「蚊帳の外じゃぁん!! そんじゃ私! 買いまくりますからね!!」


 適当にあしらうバンガスの感情が伝わったのか、マッチポップもまた勢いに任せ籠を掴むのだった。


 暫く物色していると不意にマッチポップがそろりとバンガスへ近寄って来た。


「バンガスさんこのミルク飴は美味しいので絶対に買って下さいね。というか入れます」


 そう言って返事も聞かずに個包装の飴が入る。


「お前ぇが茶化さないって事はマジで美味いんだな」

「良いですね! その調子でマッチポップちゃんを理解して下さいね? ガンバレガンバレ♪」

「絡み方に粘つきが出て来たなマッチポップ」


 それから淡々と買い物を済ませ紙袋に品物を詰め込んだ3人は隣の空き地へ向かった。


 この場所で食べる者を見越しているのか、設置されている小さな椅子に座り込む。


 シューベルゲンはというと物言わず同じ場所へ。ただ真隣でなく、少し距離を空けて彼は腰を落とした。

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