【track.05】
【track.05】①
――遂に、待ちに待ったショッピングの日を迎えた。
そもそもトキオ以外は同じ寮から出るのだから、みんなで足並み合わせて出ればいいのではないかとユウは考えていたが、ミチルは早起きして日課のランニング、チハツはといえば、着ていく服がなかなか決まらず、結局リオンとだけ同じタイミングに寮を出た。
「こう言うのは、あまりよくないかもしれないけど、みんなマイペースだったね……」
『そうだね……』
こうなることは目に見えていたかもしれない。よく目を凝らさなかったのが、ユウの敗因だ。ここで負け惜しみをしても仕方がない。リオンと共に、待ち合わせの駅へと歩き出した。
日中の陽射しは厳しい残暑を物語っているが、町行く人達の服装は如実に変わってきた。カーキやモスグリーンと、夏を思わせる明るいビタミンカラーは落ち着きを得て、なおかつ大人びた黒色が目に留まるようになってきた。ささやかな秋の到来を、ユウは行き交う人々の中に感じていた。季節は着実に移り変わってきている。
季節感を得ながら、歩くこと五分ほど――二人は新瀬学園都市駅前に辿り着いた。
駅向こうに世界は存在していないのかもしれないと思うと複雑な心持ちがしたが、今回はそのそばに用があった。
「――あ、おーい!」
聞き慣れた声がかかる。気持ち気合を入れて小奇麗な服装をしたトキオが片手を挙げていた。強烈な陽射しを避けてか、影になっている駅券売機の近くに立っていた。そこにリオンとユウが駆け寄る。
「ご、ごめん。他のメンバーは、もう少しかかると思う……」
「いいっていいって。いつもなら脇目も振らずに怒ってジュースの一本でも買わせてるところだが、今日の俺はそんなにみみっちくない……なにせ今日は……むふふふ!」
「?」
恐縮そうに詫びを入れていたリオンが途端に毒気を抜かれ、疑問符を頭上に浮かべる。無理もない。リオンの恋愛対象にミチルが範疇内だったとしても、最初からクラスメイトとして素っ気ない態度だったのだ。朝から花を振りまいている浮かれ調子なトキオに理解が及ばなくて当然だろう。
「お前は、えっと……栗根だったか。B組の」
「そう、だけど……」
「あの、その……未散さんはクラスだと、どんな感じなんだ?」
「え?」
「だから! どんな感じで過ごしてるか詳しく訊きたいんだって!」
「え、えーっと……基本的に、ずっと一人で過ごしてるけど……授業で出された課題を早々に片付けてるのばかり見かけるかな……」
「そうなんだなー……きっと毎日を一人で寂しく過ごしてるんだろうなー……むふふふ!」
「????」
……そろそろユウも頭が痛くなってきた。このままでは一日過ごすのに支障を来たすと頭を抱えようとしたその時、やっとダイキとチハツがやって来た。
「お待たせー!」
「すまん、待たせた。こいつが宝飾品まで凝り始めたから、諦めさせてさっさと連れてきたわ」
「アクセサリーくらい、JKがこだわるのは当たり前でしょ! ていうかなによ、ホーショクヒンって」
「宝飾品は宝飾品だろ」
「だからその宝飾品ってのが分からないんだけど」
いつもの調子で小競り合いを繰り広げるダイキとチハツに癒されるとは。人生は色々なことが起こるなぁと、ユウは他人事のように考える。そうでもなければやっていられない……何故かといえば、遅刻癖のあるチハツがダイキに引っ張られて到着したのであれば、彼女もそろそろ来なければおかしいからだ。
「――なんだ、もうお揃いか」
来た。来てしまった。来てしまったのだ。
今日ばかりは目の上のたんこぶだと疎んでしまうことを許してほしい。ユウは恐怖の対面でもするように、声の方へとゆっくり振り返った。
「待ち合わせの時間まで、まだ少しあるぞ。真面目なんだな、お前ら」
ラフな服装に身を包んだミチルがそこにいた。ランニングしている時のスポーツウェアと全体的に相違ないが、やはり運動するための服装か否かで印象が異なる。やはり今日はみんなで楽しくショッピングするのだと感じ入りたいところだったが、すぐそばから立ち昇るパヤパヤのオーラに煽られて、ユウは露骨に顔をしかめた。
「あっあっ、そう! 俺なんか、結構真面目で、結構約束とか結構守る方で!」
「そうか」
「そうです!」
会話が最短で強制終了しているのに、この心底嬉しそうな顔だ。それはまるで、尻尾を振って散歩を喜ぶ犬のよう。今日はあと何度これを見る羽目になるのだろうと、ユウは気が遠くなった。
「ここにずっといるのも暑いだろ! そろそろ駅ビルの方に移動しようぜ、みんな!」
「なに張り切って仕切ってるの、あいつ」
「俺が知るかっての」
「というか、あいつ誰だ?」
「む、無弓くんだよ。侑と同じクラスの……」
……先が思いやられる。
重くなる頭を早々抱えながら、先陣を切るトキオの影に続いた。
――この時、ユウは夢にも思わなかった。
みんなと過ごす青春目がけて、唐突な終わりが近づいていることに、露ほども気づかずにいた。
幸か不幸か、その運命が訪れるのは――楽しいショッピングの週末を終えた翌週である。
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