【track.02】③



 下校後はそのまま寮へと直帰する気にもなれず、ユウはあてどなく学園都市を歩いた。

 大型スーパー、ファッションビル、学習塾に帰路でにぎわう駅、学生寮を兼ねたマンションやアパート、新瀬学園の初等部、中等部、大学キャンパス……そのすべてが、有り体に言って普通だった。平々凡々。なにもかもが作り物とは思えず、チハツよろしく悪い冗談だと何度考えたことか。しかし町の最果て――橋の向こう側を見る気にはなれず、西日が地平線へと消える前に、すごすご寮へと帰ってきた。

 玄関に入ってすぐ、リビング代わりに広がっている談話スペースに、チハツがいた。


「…………」


 ソファの上、膝を抱え込んで縮こまっている。明らかに普通の様子ではない。


『どうしたの?』

「…………かった」

『え?』

『――――』


 チハツは町の外へと向かったのだ。あの大橋を通り、学園都市からの脱出を図った……しかし、それは叶わなかったのだろう。恨めしげに膝から覗かせた眼差しには、世界のすべてを憎んでいるような迫力があった。


「見えない壁があって、それ以上先に行けなかった……チカとルリにも電話して、『偽物なんかじゃないよね? ちゃんと人間だよね?』って何度聞いてみても、『ごめん、よく聞こえなかった』の一点張りで……全部、あいつの言ったとおりだった……‼」


 泣いているのだろうか。声は震え、嗚咽でしとどに濡れていた。


「悔しい……くやしい‼ 一瞬でも本気で信じて諦めかけた自分が、一番悔しい‼」

『チハツ……』

「あんたは、どうなのよ……聞いて、ショックじゃないの?」


  【選択肢①】

『本音を言えば、ショックで声も出ない』

「そりゃそうよね。実際に見たあたしだってそうなんだもの……ショック受けて当然かもね」


  【選択肢②】

『逆に信じられないかも』

「ははは、そうかも。あたしだって伝え聞いただけならそうなるかもね」


「そうよね……ショックよね……信じられないわよね……」


 やにわに、チハツが乱雑に立ち上がった。


「あたしは信じない」


 その力強い一言は、自分に対する決意表明に似ていた。


「どんなに証拠を揃えられたって、信じてやらない!」

「――加上さんもお帰りでしたか」


 玄関が開く。音枝レンリがするりと体を滑り込ませると、チハツは掴みかからんとする勢いで詰め寄った。


「【ココロのウタ】とやら、あたしにも与えなさいよ!」

「……加上さん」

「あんたに言われたからじゃない! チカとルリが襲われたら嫌だから仕方なく、死神現象退治でもなんでもしてやるわよ!」

「……分かりました。お望みとあらば」

「なんだよ、お前やっと元気出したのかよ」


 食堂からダイキが顔を覗かせる。手にはマグカップがあり、あたたかな湯気が立ち昇っているのが見えた。


「へそ曲げてるから用意してたってのに、必要ないってか?」

「いる」


 中身はホットミルクらしかった。膜もなく丁寧にあたためられたそれを、チハツはぐいっと一気に飲み干す。


「ありがと」


 口元を手の甲で乱暴に拭い、空になったカップを突き返すついでに問いかける。


「あんたは? 大来は【ココロのウタ】、どうすんのよ」

「誰かさんが危なっかしくて見てらんねぇからな。それに他にも世話が焼ける奴がいるかもしれねぇと思うと、寝覚めが悪ぃ。俺もやるよ」

「あっそ」


 素っ気なくチハツは言い捨てたが、その実、切り返しは答えが分かっていたかのような爽やかさに溢れていた。


「未散と侑も【ココロのウタ】持ちっていうんなら、あとは理音だけってことね」


 そうだ、と言われて気づく。チハツとダイキの決意は聞けたが、リオンだけが取り残されている。だが無理強いはできない以上、出会ったばかりのユウがとやかく言える筋合いではないとも思われた。


「そろそろ夕飯の時間だ。その時にでも訊けばいいだろ」

「……そのことですが、」


 音枝レンリが、らしくないほどにおどおどと話を切り出す。なんだろうと不思議がっていれば、理由はすぐさま判明した。


「……今後、私が寮母も務めることになりました」

『え、』

「死神現象のこともありますから、妥当な判断だと思いますが……なにか?」


 「異論はありませんね?」と言外に訴えられて白ける場の中、ダイキだけが冷静に疑問を呈する。


「バーチャルシンガーって、飯作れんのか?」

「……善処します。食べられないものを出すつもりはありませんから」


 調理の手伝いもしなければならないのだろうか……ダイキが頭を抱えたのがハッキリと見て取れた。


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