カガリビバナ④
――「ぼ、僕には無理、です……」
夕食後、食器を片付ける際にそれとなく訊いてみたが、リオンの返事は色良いものではなかった。
仕方ないと言えば仕方ない。初日にユウを気にかけて追い駆けてきてくれた義侠心を思えば、勿体ないという気持ちも嘘ではなかった。
……だが、その後のことがある。死神現象に襲われたのだ。間一髪のところでユウが【ココロのウタ】に覚醒したから良かったものの、わずかでも躊躇があれば、今頃無事で済んでいたかどうか分からない。
――「周りの人が被害に遭うかもしれない、というのは理解できるよ。自分達にしか、できないことだということも……でも、それでも、僕には無理だよ……」
今にも泣き出しそうなほどに顔を歪めて応えるリオンを見て、ユウはそれ以上説得に足る言葉を用意できず、『うん。分かった』とだけ発するのが精一杯だった。
「――やっぱり栗根、来なかったか」
「そうみたいだな……」
時間ギリギリまで待ってみたが、やはりリオンは現れなかった。ミチルとダイキが待ちかねたとばかりに、沈黙の口火を切る。
「ま~、案外ボクみたいになあなあで参加する可能性も捨てられないし? そこまで気負わなくてもいいんじゃないかな~?」
ムツハの軽薄な物言いも、しかし筋は通っている。リオンの心中は誰にも分からない以上、どのようになるかは未知数と言えた。
様々な思惑を抱えながら、夜の学校を望む静寂の中、リオンを除く寮生五人と音枝レンリが死神現象退治に繰り出す。
「まあいいさ。頭数がそれなりに揃ったんだ。それだけで良しとしよう」
ミチルが先陣を切って、意気揚々と校門を乗り越えた。音枝レンリ曰く、防犯カメラも細工をしているらしかった。取り敢えず生活指導のお世話にならないことが確約され、少しだけ気持ちが軽くなる。
「■■■■……」
「■■、■■■■……」
次々と校舎に乗り込んですぐ、亡霊めいた死神現象が飛んで火にいる夏の虫とばかりに襲い掛かってきた。しかし、新たに【ココロのウタ】を手に入れたチハツとダイキの敵ではない。緊張の中に自信をしかと握り締めて、一歩前に出る。
「今回はあたし達もいるんだから、いい顔させないわよ!」
「本当、威勢だけはいいな。だからって無理すんなよ!」
【戦闘】
未完のストーリー / 初音ミク
https://www.youtube.com/watch?v=GSt0gPV2E9M
https://www.nicovideo.jp/watch/sm40726937
「ひゅう、やるじゃないか」
からかうようにミチルが賞賛の口笛を吹く。どうやらお眼鏡に適ったらしかった。
緊張の糸が切れてその場に座り込みそうになる二人は、それでも膝に鞭を打つ。
「まだまだぁ!」
「戦いのコツを掴まれて大変よろしいですが、探索はこれからです。疲れたら教室に隠れて小休憩を取りますので、気兼ねなく言ってください。倒れられたら、元も子もありませんから」
バーチャルシンガーとしての認識に傾きつつあったが、言動はやはり教員のものだ。若々しい少女の外見に似つかわしくない硬い口調にはなかなか慣れず、ユウは図らずも顔をしかめた。今後、順当に慣れていくのだろうか……などと考えながら、ユウ達は死神現象が縦横無尽に闊歩する夜の校舎へと足を踏み入れた。
【探索】
死神現象を倒しながら地下一階から最上階の四階まで達すると、音枝レンリが「少し休憩しましょうか」と提案してきた。疲れを感じ始めたところだったので、丁度いいと各々が頷き返した。
「そこに教室があります。入りましょう」
施錠は問題ないらしく、ガラリと開けて入室すると、別の学年の雰囲気に包み込まれた。ちらっとだけ見た記憶が正しければ、確かここは三年C組だったはずだ。寮生が誰一人として在籍していない教室に作り物の空気感はなく、本当に偽物の生徒達しかいないのかとユウに疑問を抱かせた。
「つっかれた~……」
チハツが手短な椅子にどっかりと腰掛け、持って来ていたスポーツドリンクを傾ける。人目がないとはいえ大胆だ。我が物顔な態度を横目で鬱陶しがりつつ、ダイキは今がいいタイミングだろうと、音枝レンリに質問を投げかけた。
「なあ、先生」
「はい、なんでしょう」
「死神現象って名前、アンタが付けたのか?」
「はい、そうです……相応しくありませんでしたか?」
「いや、そうじゃねぇんだけど……」
言われてみれば確かに、死神と名が付くとおり、パブリックイメージに反しないそれらしい風貌をしていた。ボロ布をまとい、大鎌を携えた骸骨という王道の姿は勿論、リオンを襲った幽霊然としたもの、ゾンビ然としたものなど、死者そのものといったラインナップだった。
「そうであればいいんですが、私自身、貴方達の文化・風俗すべてに精通しているとは言いがたいのが事実です。まったくの無知、というわけでもないのですが……なので、不自然なネーミングになってしまっていたのであれば申し訳ありません。やはり、もっとカッコいい方が良かったでしょうか? ダークネスモンスター、のような……」
「いや、だからそういうわけじゃねぇんだけど……」
以前から感じつつあった音枝レンリへの印象が、このやり取りを契機に結実する――もしかして天然ボケなのだろうか? ユウの確信に説得力を与えるように、音枝レンリは腑に落ちない顔でしどろもどろなダイキを見つめていた。
話を逸らすように、ダイキは矛先をチハツに向ける。
「おい、あんまり長居すると尻に根っこが生えるぞ」
「ちょっと! 言い方にデリカシーがなさすぎるんじゃないの? もっとお淑やかな言い方にしなさいよ」
「おやおや~? 千初の言い方だと、足を大きくおっぴろげた座り方がお淑やかになるみたいだけど~?」
「というか、お淑やかから一番程遠いお前が言うな」
「なによーっ!」
喧嘩するほど仲がいいとはよく言うが、こうも頻繁だと『またか』という辟易の方が強くなる。精神的に疲弊することこそないものの、誰かがかすがいとして間に入ってくれれば丁度いい塩梅になるのではないだろうかと、ユウにもしもを思わせた。
……それこそが、リオンの立ち位置に他ならないのだろうが。
『――――ッ⁉』
ずぐん、と空気が重くなる。産毛が総毛立つ感覚が、名状しがたい危機の接近を否応なく知らせてくる。
「な、なに、この雰囲気……⁉」
「皆さん、外へ‼」
こわばって動けなくなりそうだった体が、音枝レンリに促されることで教室の外へと飛び出した。難を逃れたと思いきや、それこそが厄災の到来だと知ったのは、視線を廊下の奥へと向けたからだった。
『な、』
――なにかが、いる。
「あれは……っ!」
巨大な闇が蠢いている――それがなにかに騎乗した存在だと気づいたのは、窓からの月明かりに照らされてからだった。
「我は、ホワイト……」
重々しい響きに、胃の腑が揺さぶられる。明らかにこれまで戦ってきた死神現象とはレベルが異なる。格が違う。今にも吐きそうな気持ち悪さを堪えながら、毅然とした態度でユウはホワイトなる脅威を見据えた。
筋骨隆々の白馬に乗り、冠を戴いた猛々しい騎士だった。手には弓を携えている。白銀のフルプレートは清い月光を受けて、より冴え冴えと輝いていた。
「――――!」
それが、ぐぐっと身を屈めてこちらを見定めたのが――一瞬。
「窓から飛んでッ‼」
音枝レンリの叫びに弾かれるようにして、蜘蛛の子を散らすようにユウ達は窓を突き破って飛び降りた。【ココロのウタ】に支えられて難なく着地するが、背後を駆け抜けた弾丸のごとき疾駆に肝が冷える……あれが直撃していれば、全速力のダンプカーに撥ねられた時のように、なすすべもなく物言わぬ肉塊と化していただろう。
続けて、こちらを追うホワイトが廊下の壁をブチ破り、グラウンドへと降り立つ。見たままの巨躯に違わず、アスファルトにヒビを入れる轟音が辺り一帯に響き渡った。
「汝らは、死者だ……死者は死に返さねばならない……」
「来ます……皆さん、構えて‼」
音枝レンリが発破をかける。だが、勝てるイメージが一切思い浮かばない。恐怖に歯の根をガチガチと震わせながら、それでも死に物狂いでユウ達は立ち向かう。
『死んで、堪るか……っ!』
【戦闘】
初音ミクのアレンジ曲 鮮紅ノ龍啼ク箱庭拠リ -Full ver.-
https://www.nicovideo.jp/watch/sm3933384
また一人、また一人と、【ココロのウタ】を打ち破られて倒れ伏す。最後に残ったユウも、今まさにやられようとしていた。
『なんで……どうして……っ!』
「襲われたのは、汝らが死者だからだ……負けたのは、汝らが弱いからだ……それ以外に他ならない……」
地響きに似た絶望が、心根を恐怖で震撼させる。
「私が時間を稼ぎます」
音枝レンリが囁く。
「貴方だけでも逃げてください」
『で、でも……!』
「それしか方法はありません」
そう言うが、音枝レンリ自身に死神現象へと対抗する力はないはずだ。でなければ、ここまでユウ達を労わりながら戦わせては来なかっただろう。決死の覚悟で、ユウを促す。
だがここで逃れたとしても、後はジリ貧だ。昼間に狙われる心配はなくとも、ひとたび陽が沈めば、ホワイトはユウを探して学園都市を徘徊するだろう。襲われる人もいるかもしれない。寮の守りが強固だとしても、いつまで持つのかは未知数だ。
――いや、それだけではない。昨日今日の関係性だったとしても、ユウにとって『死』というおぞましい暴力によって未来を木っ端微塵に轢き潰されるのは、どうにも我慢ならなかった。
「早く!」
焦れた音枝レンリが急かす。しかしこちらを無力だと軽んじたホワイトは、鷹揚にも待ち構えている。慈悲のつもりなのだろうか。もしかすると、逃げようと背中を向けた瞬間に突撃で蹂躙するのかもしれない。どのみち、ユウに逃げ場はなかった。
『……いいや、逃げない』
【選択肢】
『私は――戦う』
『僕は――戦う』
ガクガクと震える膝を支え、怒りを力に変えて無理矢理立ち上がる。逃げようがないのであれば、戦うしかない。それがどれほど困難なことなのか理解しながらも、ユウはキッとホワイトを睨みつけた。
「いい目だ。だが、あまりにも遅すぎる」
「――そんなことないッ‼」
『!』
絶体絶命の窮地に、招かれざる客が飛び込む。
違う――招かれながらも来なかった一人が、逆境を覆そうと立ちはだかっていた。
「ぼ、ぼ、僕がいるッ‼」
――リオンだ。今にも泣き出しそうなほどに顔を歪めて、引けた腰を気にも留めず、両手を広げてホワイトに立ち塞がる。
『リオン、どうして……っ!』
「き、気になって、追い駆けてきちゃった……」
『っ』
そうだ。リオンはそういう人間だった。自分のためではなく、誰よりも人のために頑張ってしまうのだと、知っていたはずだというのに忘れてしまっていた。
いっぱいになった胸を打って、ユウはリオンに並び立つ。
「な、鳴り響け! 【ココロのウタ】――‼」
リオンの【ココロのウタ】――大角を生やした怪獣めいた音枝レンリが、ユウのみならず、仲間達の傷を癒していく。更にはなんらかの強化か、膂力がみなぎる心地があった。鈍い呻き声から痛みが取れると、奮起する気配が背中越しに感じ取れた。
「おし! ありがとうな、リオン!」
「ちょっとちょっと、ヒーローにしては到着が遅すぎるんじゃないかな~?」
「それだけじゃなくて、なんかモリモリ力が湧いてくる感じもある!」
「なら一杯食わされた分、キッチリ返さないとなぁ……!」
食い下がる仲間達を前に、それでもホワイトは余裕の牙城を崩さない。
「何匹増えようと、所詮は負け犬。尻尾を巻いて逃げるのは今のうちだぞ」
「――いいや、逃げない」
リオンは正々堂々、正面から啖呵を切る。
「死ぬなんて辛くて苦しくて孤独なこと(傍点)★……絶対にさせない!」
ポップな電子音が鳴る。歌声は響き渡り、ホワイトと相対した。
『リオン、行こう!』
「うん!」
【戦闘】
HERO / 初音ミク
https://www.youtube.com/watch?v=o4AxMk3SGUY
https://www.nicovideo.jp/watch/sm42419098
https://open.spotify.com/intl-ja/track/4oJVybTP5RihSfOn5sxf3W
「が、あ……ッ⁉」
ホワイトがくずおれる。討ち果たした死神現象と同様に、砕けた鎧から砂塵めいた煙が立ち昇っていた。既に虚無へと消えゆくだけの存在。
「なんと、この我が……負ける、と……は……」
ぐしゃり、巨躯と駿馬が倒れる。
「はぁ……っ、はあ、」
それと同時に、リオンもまた膝を折った。
『リオン!』
「まったく、無茶をしたものですね……」
力なくしなだれかかったリオンを、音枝レンリが軽々と受け止める。意識のない男子高校生など重たいだろうに、体重をまるで感じさせず、あくまで人間ではないことを無言で物語っていた。
「彼が行ったのは、火事場の馬鹿力のようなものです。全力をはたいて皆さんの回復と強化を行い、更には自分も戦いに参加した……傷こそ浅いですが、決して無視できる状態ではありません」
『そんな……』
「でも、大丈夫です。気力を消耗しているだけで、命に別状はありません。何日か安静にする必要はありますが、きちんと休めば回復する程度のものです」
リオンを背負う音枝レンリの診断に、ほっと胸を撫で下ろす。これでリオンが取り返しのつかないことになっていたら、それこそ大問題だ。功労者の安全を知り、どっと疲れが溢れ出す。
「寮へ帰りましょう」
「そうだな……今日は流石に、私も疲れた」
好戦的なミチルも、さしもの事態に音を上げている。他三人も異論はなく、一同は学生寮へと引き返すことにした。
『――リオン、』
気を失ったリオンはしかし、どこか晴れやかな顔をしていた。
『本当に、ありがとう』
うっすら微笑んだように見えたのは、きっとユウの見間違いではないだろう。
――こうして、真の意味でユウ達の死神現象退治は、本格的に始まったのだった。
◇
○栗根理音(クリネ・リオン)
死因は『■■』。■■■からのヘッドハンティングで■■卒業後は■■■■系の会社に就職したが、一番■■■ゆえに仕事の皺寄せを食らい、そのうえ大人しい性分から断ることもできず、■■による■■で■■してしまった。その影響で死後も好きだった■■関連を忌避している他、■■■■的な側面が色濃く残っている。
◇
夜に手頃な時間が空いた。誰かと話でもしようか?
【選択肢:ダイキ/チハツ/ミチル/リオン/ムツハ/音枝レンリ】
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