【track.03】ハロービルダー
ハロービルダー①
数日後、リオンは何事もなく回復し、学校へと復帰することになった。音枝レンリによって欠席は風邪のためだと通してあり、特にお咎めもなかった。それこそ授業に抜けが生じてしまっただけで、犬に噛まれたようなものだとリオン自身も納得したようだった。
「でも良かったな、大事なくて」
そう朝の食卓で言うダイキの顔も晴れやかだ。珍しく早起きしたチハツも「うんうん」と頷く。ムツハはいないのは残念であるものの、二人ともリオンを気にしてくれていたらしかった。
「大変だったといえば、先生が作ってきたお粥がほぼ白いお湯だったことくらいかな……」
「……そ、その節は何度でもお詫びします」
こればかりはシュンと肩を落とす音枝レンリだった。料理はまだ修行中の身とのことで、朝食はトーストとゆで卵、ドレッシングで和えるだけのベビーリーフとサラダチキンのサラダ、インスタントのクラムチャウダーが食卓に並べられた。
「えーっ! お粥ってメッチャマズいじゃん。それは大丈夫だったの?」
「それはお前の偏見だろ。今時、レトルトのお粥だって不味くはないぞ」
「あぁー……俺もどっちかってぇと苦手だな……」
異を唱えるミチルにはしかし、ダイキは加勢しなかった。短い間柄ながらも珍しいと思える組み合わせに、ミチルは「そうかよ」と肩を竦める。
「で、でも、ご飯に関しては寮生みんなで協力しようよ。自分達のご飯なわけだし、忙しい先生にだけ任せるのは良くないと思う。せめて夕食は当番制にしない?」
「それはそうだな」
「メンドくさいけど……まあ、そうよね。ムツハにも言っておかなきゃ」
二人も頑ななわけではない。リオンの助け舟にはすんなり従い、ミチルも「道理だな」と心を解きほぐしたらしかった。
やはり、こういう時にリオンがいてくれると助かる。単純な話ながら、ユウはじんわりと感じ入った。
しかし……だからこそ、疑問に思ってしまうこともある。
――「死ぬなんて辛くて苦しくて孤独なこと……絶対にさせない!」
あの強敵・ホワイトとの戦いの最中に、リオンはそう口にしていた。
死が辛く苦しくて孤独であることは、ユウも理解できる。だがあくまで、それは死という事物の切り口の一側面でしかない。土壇場でそう言い放ったということは、普段からそのように考えているということなのではないだろうか……?
『ねえ、リオン』
「ん、なに? 侑」
【選択肢①】
『リオンは死ぬことを「辛くて苦しくて孤独なこと」だと思ってるの?』
「……そう、かもしれない」
リオンの返答は、どこか他人事のような響きを帯びていた。
「正直、自分でもあの時どうしてそんなことを口走ったのか、分からないんだ」
『分からない……?』
てっきり、強く思っているからこそまろび出た言葉なのだと感じていただけに、自分でも掴みあぐねていることだとは夢にも思っていなかった。
「うん。もしかすると無意識のうちに思ってるのかもしれないけれど、今訊かれてもそうだとは答えられない……かな」
『うん、分かった。答えてくれてありがとうね』
小さなしこりを残したまま、リオンとの会話は終わった。
【選択肢②】
『……ちょっとド忘れしちゃった。また思い出したら質問するね』
「そ、そう? なら、分かったけど……」
嘘も方便の内だと、ユウは話をそこで切り上げた。直感的に、とてもセンシティブな内容だと思ったからだ。
……実感はいまだに湧かないが、ユウ達は死者らしい。意識的にせよ無意識的にせよ、リオンの言葉はリオン自身の死に起因しているものに思えたのだ。そう一瞬でも感じてしまうと、問いかけが正しいものか判断がつかなくなり、ユウは咄嗟に質問を引っ込めた。
『…………』
もしかすると、リオンが自身の過去について思い出すキッカケを封じてしまったのかもしれない。だとしても、今それを引き出すことが正しいとは思えなかった。
小さなしこりを残したまま、リオンとの会話は終わった。
「――お話してもいいでしょうか。【ココロのウタ】に関する内容です」
『?』
既に寮生全員は【ココロのウタ】に覚醒している。これ以上なにかあるとすれば、上手く扱っていくための修行のようなものだろうか? ユウの予想は、当たらずといえども遠からぬものだった。
「先日のホワイト襲撃のようなことが、今後もあるかもしれません。それに備える形で、【ココロのウタ】を鍛えていきたいと考えています」
「なんだそれ、ウサギ跳びでもしろってか?」
「そのウサギトビこそなによ」
ダイキの言うウサギ跳びがなんなのか気になったが、さておき。
「いわゆる筋トレなどではありません。なにせ【ココロのウタ】は心の力、そして私――音枝レンリに対する理解の深さで成り立っているので」
「心の力は鍛えようがないが、後者はどうにかしようがあるってことか」
「ご明察」
ミチルが言い当てたように、今後は音枝レンリの知識を深めていくことで【ココロのウタ】を鍛えていきたいということだろうか。
『でも、どうやって?』……というのが、ユウの本音だった。正直に言えば、音枝レンリに関してはまるで素人だ。そのため、なにをすれば理解が深まるのかも、まるで想像がつかなかった。
リオンの心境も同様だったのか、「あ、あの……それって、どうやっていけばいいんですか?」と率直に疑問をぶつけていた。
「私としては個々人ではなく、寮生全員が成長していくことこそ好ましいことだと考えています。なので――」
「えへん、」と音枝レンリは一つ咳払いをして。
「ここに――同好会『バーチャルシンガーファンクラブ』の設立を宣言します!」
『…………へ?』
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