【夜会話】音枝レンリ
コンコンとノックすると、「はい。どなたでしょう?」と即座に声がかかった。『君本侑です』と返すと、「どうぞ、入ってください」と端的に促された。先生の部屋という事実に少々緊張しつつドアノブをひねると、あまりにも簡素な空間が視界いっぱいに広がった。
『…………』
「どうかしましたか?」
『いや、えっと、だって……』
呆然としていたユウが、困惑で口ごもるのも無理はない――なにせ、部屋にあって然るべきものがなかったからだ。
『……布団派ですか?』
「いいえ、違いますけど」
ベッドが、なかった。
部屋にあったのは備え付けのクローゼット以外は机ぐらいなもので、モデルルームよりも部屋は閑散として見えた。
「ベッドは眠らない私にはいらないものですからね」
『あ……』
そうだ。先生という認識が強くあったが、音枝レンリはバーチャルシンガーであって人間ではない。その違いをまざまざと見せつけられて、ユウは呑み込むのに時間がかかってしまった。
「教師としての仕事道具も片付けてあるので、殺風景な印象を受けてしまったかもしれませんね。すみません」
『で、でも、それが悪いわけではないですから……』
フォローを入れるが、ユウは『音枝レンリの部屋に思い入れのある物が増えればいいのに……』と思わずにはいられなかった。
「なにか置き場所に困るものがあれば寮の物置を解放できますが、使う頻度が高ければ私の部屋に置いてもいいですからね」
『……はい』
そう頷きつつも、使われることないようユウは願うばかりだった。
――他愛もない話をしながら、夜は更けていった。
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