【夜会話】音枝レンリ
音枝レンリの部屋を訪れてもいなかったので、一階の談話スペースを覗き見ると、ソファに腰掛けているのが目に入った。階段を降りてくる音でこちらに気づいたのか、向けられた目がこちらを捉える。
「ああ、君本さん。どうかしましたか?」
『先生は自分の部屋じゃなくて、こちらで過ごしてるんですか?』
「ええ」
首肯して、会話の邪魔になるかと思ったのかテレビを消した。当たり障りのない夜のニュースを見ていたようだった。
『先生はなにか趣味とかしないんですか?』
「趣味、ですか……」
ふと、考え込むようにうつむく。
「持とうと……考えたこともありませんでしたね」
『え?』
それは人間にとって、耳を疑う発言だっただろう。多方面に手を出して、それで無趣味というのは分かる。多忙を極めすぎて趣味を失ってしまったというのも分かる。だが娯楽に興じる十分な余暇を持ちながら、音枝レンリは趣味を持とうとすら考えなかったと言ったのだ。驚くべき発言だと言っても過言ではないだろう。
『じゃあ、歌うことは?』
「歌うことは……私にとって、生きることそのものですから」
先日の屋上で、一人きりフレーズを口ずさんでいた彼女の姿が思い浮かぶ。歌が彼女の根幹を成していることは、言われずとも判然としていた。
「でも、そうですね。部活も始まる以上、教師としてではなく音枝レンリとしてのことを考える必要はあるのかもしれませんね」
『――――』
それは、新しく夢見るような微笑みだった。
彼女になにか新しいものを与えられたのであれば、ユウはとても嬉しかった。
――他愛もない話をしながら、夜は更けていった。
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