【track.04】

【track.04】①



 翌朝、トキオの第一声はやはりというか、大変威勢がよろしかった。


「昨日はメッセ、マジでありがとな!」

『むしろこっちこそ。急な話だったから、引き受けてくれてありがとうね』

「いやいや、こっちこそ感謝しねぇと」


 だがトキオは、単に同級生同士の交流に誘ってもらえたから以上の期待感でソワソワしていた。なんなら頬は紅潮し、鼻の下が少し伸びている。この世の俗っぽさをかき集めたような面持ちだった。


「だってあれだろ? 変人・撫木以外の寮生みんなって、変人・撫木以外のみんなってことだろ? それって……あの鳴護さんもいるってことだろ?」


 ユウには何故ミチルが話の俎上に上がるのか、というかムツハが変人などと呼ばれているのか、訳が分からない。それゆえ、『ミチルがどうかしたの?』と馬鹿正直に小首を傾げた。すると、「なに言ってんだお前!」と弾かれたように大声で食って掛かられた。ユウは目を白黒する。


「鳴護さんっつったら、この学園随一の美人だぞ! モデルばりの美少女サマだぞ! この俗世に舞い降りた天女だって説も流れてるぐらいなんだぞ!」

『ああ、そういう……』


 意図を理解したユウがシラーっとした視線を向けるが、トキオは意に介さない。突風を受けた路上のビニール袋のように、天高く舞い上がる。


「いやさ、だってさ、俺だって色々好みはあるけどさぁ、あんだけ顔が良かったらなびかずにはいられないっつうかさぁ!」

『そっかー』

「男子の間でも噂に名高い高嶺の花だったから、こんなふうにお近づきになれるチャンスが舞い込んでくるなんて思いもしなかったって!」

『そっかー』

「おいお前、ちゃんと聞いてるか?」

『うんうん、ちゃんと聞いてるよー』


 ミチルの容姿が非常に端麗なことはユウも素直に認めるが、さりとて実際は死神現象退治の好戦的な様子の方が印象深い。そもそも色恋沙汰に興味を示すかどうか。チハツほど明け透けにミーハーであればいざ知らず、ダイキやリオンにも塩対応の常日頃だ。一男子生徒のカテゴリーにくくられて、トキオが無情にも袖にされることは目に見えていた。いい夢は今のうちに見ておいた方がいいだろう。ユウはそっとしておくことに決めた。


「でもなー! あんだけ美人だと、やっぱり芸能プロダクションとかからスカウト受けてたりすんのかなー! もうデビューが決まってたりしたらどうしようかー!」

『…………』


 ユウの顔が、別の意味で表情を失う。真顔で脳裏によぎるのは記憶に新しい、今朝の出来事だった。


 ――まだ昼間は残暑厳しいが、朝晩は秋の涼やかさが出てきた。そういうこともあり、ユウもミチルの勤勉さを見習って、朝のジョギングに繰り出していた。

 十分程度の軽い運動だったが、死神現象退治に体力も必要だと痛感した今、少しでも長く続けられる方がいいだろうと判断してのことだった。それに、体力作りの基礎トレーニングで疲労困憊になってしまっていては、元も子もない。授業中に舟を漕がないためにも、これぐらいがユウには丁度良かった。

 新瀬学園都市は海の上に埋め立てられているため、水の流れが一部そのままになった川に囲まれている。桜並木が有名であり、川べりは絶好のジョギングコースとなっている。ユウはそこを走っていた。


『…………?』


 その途中、ミチルの姿を見かけた。

 だが、ただのジョギング風景ではない。誰かと対面して言い合いをしている。尖った声の端々が、近くない距離にまで届いていた。


「やめてください。人を呼びますよ」

「そんなつもりじゃないよ。ただ名刺だけ貰ってくれればいいだけから……」

「だから、それが不要だって言ってるんですよ。それじゃあ急いでるんで、失礼します」


 一方的に話を切り上げ、きびすを返したミチルがこちらに走ってくる。ハッと上げた顔は軽蔑の眼差しで、こちらを捉えて普段の調子を取り戻したようだったが、無言でそのまま通り過ぎる。気まずくなって、ユウも気を取り直して走り出す。

 すれ違い様に、ミチルに詰め寄っていたスーツの男性を横切る。その時、ふとぼやきのような独り言が聞こえた。


「折角、逸材見つけたと思ったのになぁ……」


 ――心底残念がる声色からして、決してあくどいスカウトマンではなかったらしい。そこはひとまず安心できるが、興味がないからといって、あそこまで酷い顔つきにはならないだろう。まるで嫌悪感が心の奥底にまで根付いてしまっているような面持ちが、ユウには気にかかって仕方がなかった。


『――美人だからって、いいことばかりじゃないかもしれないよ。トキオ』


 ミチルは指折りの美人なのだ。もしかすると、これまでも同じような目に遭って、人には言えない苦労してきたのかもしれない。不思議ではない話だ。だとすれば、あれほど冷たい目にもなるだろう。


「ん? 今なんか言ったか?」

『……いや、なんでもない』


 あくまでユウが詮索のしすぎなのは否めない。しかし穿ちすぎかというと、そうとは言い切れないはずだ。人気を集めれば、それだけひんしゅくや嫉妬を買うのかもしれない。排他的なミチルの態度がなにから生まれたものなのかは分からなかったが、蝶よ花よとちやほやされて薔薇色の人生を送ってきたようには見えなかった。

 そんなミチルが恥も外聞もなにもかも捨て去って、一人の人間として挑めるのが死神現象退治なのかもしれない……憶測でしかないが、ユウはそう思った。


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