【track.04】②



 VFCの部室となった空き教室にあるのは、備え付けの棚くらいだ。そこもチハツが勝手に持ち込んだファッション雑誌のバックナンバーやぬいぐるみ、わざわざ購入したのか観葉植物のサボテンまでもが飾られている。

 そんな教室の真ん中で、古い机を寄せ集めて島を作っている。ユウが来た時には面々が勢揃いしており、空いていた席に体を滑り込ませた。


『遅れてごめん』

「掃除当番だったんだろ? 仕方ねぇって」

「ボクより遅いって、結構なことだと思うけどね~」

「音枝レンリはなにやら重要な話があるらしいけどな」

「やめろや皮肉連撃」


 ダイキがムツハとミチルに釘を刺し、窓辺に置かれた椅子に腰掛ける音枝レンリがやにわに立ち上がる。


「重要な話というのは、早急に部長を決めなければならないということです」

「なるほどなぁ……」


 納得感が一同に行き渡る。確かに部活動の体裁こそ取り繕ったはいいが、肝心の部長がいなかった。正式に申請を出すためにも、早いところ決めなければならない。

 だが、一つネックがあった。こういった場合、年功序列で部長が決まるところだろうが、全員が同じ学年かつ、導き手に相応しいような経験者もいない。SNSに精通しているという点ではチハツが、【ココロのウタ】による戦闘経験ではミチルが一歩リードしているが、あくまでそれだけだ。失礼な話だが、まとめ役の部長に最適な器かというと疑問が残る。

 机の上を六人分の視線が漂った。


「あー……推薦、いいか?」

「はい。どうぞ」


 音枝レンリに水を向けられ、挙手したダイキが口火を切る。


「俺、ユウがいいと思うんだ」

「その心は?」

「お前だって知ってるはずだろ。レッドを倒す時、いの一番に作戦を立案したのはユウだ。元々、俺達のかすがいっつーか……」

「カスガイってなによ?」

「にかわみてぇな……」

「いやだから、ニカワってなによ?」

「ええい、つまりは潤滑油のまとめ役だっつーことだよ!」

「なら最初からそう言いなさいよ」


 チハツの傍若無人ぶりに呆れ返るダイキだったが、「嫌だったら公平にあみだくじで決めるけどよ」とユウにフォローを入れるのも忘れない。


『…………』


 ……ユウは考える。正直に言えば、自分が部長に足る器だとは思えない。この個性的な面々を引っ張っていけていたのも、たまたま自分と個々が噛み合ったからに他ならないからだ。

 それでも――ダイキがそう言ってくれたのが、堪らなく嬉しかった。


  【選択肢】

『私、やるよ――部長』

『僕、やるよ――部長』


「え?」


 ぽかんと口を開けるダイキの横で、ミチルがひゅう、と口笛を鳴らす。


「いいんじゃないのか? 私も従うことになるんなら、ムツハとかよりユウの方がマシだ」

「えぇ~⁉ ボク名指し~⁉」

「当たり前じゃない。でも、あたしもいいと思う! っていうかピッタリじゃない? よろしくね、リーダー!」


 順応性の高いチハツは、なにやらそそくさとなにかを作り始めた。余ったプリントを三角柱に折り、マスキングテープで合わせを留める。マジックペンで書かれたそれは『部長☆』と席の目印らしかった。

 ――心から嬉しいが、少しくすぐったい。


「順当にまとまりましたかね」


 事の推移を見守っていた音枝レンリが言葉を差し挟む。


「私が助け船を出すまでもありませんでしたね。それでは、今日も部活動を始めていきましょうか――ということで、」


 パン、と軽く手を打つ。


「手始めにクイズです」


  【授業②】


「皆さん、音枝レンリで創作が盛んに行われていることは、動画などを見ることで十分知ったと思います。ですが、その創作活動は公序良俗に反していない限りは自由に行っていいものでしょうか?」


  【選択肢】

 ①『できる』

 ②『できない』

 ③『申請すればできる』


「正解は、①の『できる』です。今回も簡単でしたかね。二次創作における利用規約が公表されているので、それさえ守れば誰でも自由な創作ができます。勿論、申請も基本的にする必要はありません」

「ほへー」


 チハツが気の抜けた感嘆を漏らす。


「だからこんなに楽曲とかイラストとか投稿されまくってるんだー」

「その間口の広さから、小中学生の創作初心者のみならず、八十歳近くで初投稿をする人もいます」

「えっ、マジ⁉ 気になるんだけど、どんな人どんな人⁉」


 音枝レンリの述べるキーワードで、興味津々なチハツが器用に高速スワイプをして検索する。しばらくして流れ始めた楽曲は、どこか懐かしい歌謡曲調のメロディだった。デジタルなボーカルが昔を偲ぶのは、どこか不可思議ながらもマッチしているように聞こえた。

 ダイキが物珍しそうにスマホの画面を覗き込む。


「おお、この人知ってるぜ。昭和歌謡の有名な作曲家だろ? なんか知らんが聞いたことある」

「イマドキ、有線の懐メロ特集でも流れてないわよ。多分だけど。もしかしておばあちゃんっ子とかだったの?」

「知らん」

「そりゃ知らないわよね。あたしも自分の過去なんて知らないもの。今が良ければいいけど」


 普通の高校生らしからぬ会話が垣間見えたところで、VFCのSNSアカウントに楽曲が共有される。

 ……もしかしたら、この楽曲を自分はダイキと同じように知っていたりするのだろうか。

 それはいまだ分からず、ユウは自分の知らないであろう時代に思いを馳せた。



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