【track.04】③



 その日も、部活動からそのまま死神現象退治へと移行した。思えば、始めてから一週間ほど経ったが、生徒の間ではオバケの噂も被害に遭った報告も流れてはいない。影ながら自分達の働きが功を奏していることが分かり、どこか誇らしい気持ちで胸が満たされた。


  【探索】


 湧き上がるやる気に突き動かされながらユウが励んでいると、合間にダイキから音枝レンリへと質問が飛んで来た。


「なあ……昨日の質問の続き、いいか?」

「いいですよ。『死んだ記憶は意図的に封じている』という話の続きでしょうか」

「まあ、正確には続きじゃねぇんだけど……俺達はこの仮想世界とやらで生活してるけどよ、それってこのままずっとなのか? 高校を卒業してもずっと」

「ず、ずっと……」


 復唱するリオンが思わず蒼ざめるのも無理はない。確かに、ユウ達はこの仮想世界で生活している――音枝レンリ曰く「死した自分達を招き入れているらしい」が、だからこそ果てがない。終わりがない。二度目の死を迎える時まで、この生活が続くという意味なのだろうか……? ユウも息を呑んだ。


「ずっと、それこそ永遠というわけではありませんよ。ご安心ください……安心、というのも変な話ではありますが」


 音枝レンリの返答に、空気が少しゆるむ。


「適した語彙かは分かりませんが、『成仏』という概念はあります――それは、

『青春を、まっとうした時……?』

「はい。封じている記憶の中にある未練が解消されれば、この世界を卒業できるようになります」


 オウム返ししたが、卒業と言われてもピンと来ない。そもそも青春をまっとうした時というのも、基準が不確定すぎる。そのうえ、解決の核となる未練が封じられた記憶の中にあるのならば、ユウ達には分かりようがない。ともすれば不可能に近いのではないかとさえ思われた。


「なんつーか、曖昧な概念だな……」

「曖昧って言ったら、あれも曖昧よね。ほら、騎士とかいうあれ」


 チハツが言っているのは、この仮想世界のウイルスにして目下の敵――騎士を名乗る難敵達のことだろう。まとった頑強な西洋鎧に、騎乗した駿馬の機動力。そして単純明快な戦闘力と、ユウ達を二度も手こずらせたのは記憶に新しい。


「ホワイトと来たらブラックだと思ってたのに、レッドだったしな」

「じゃあ、次こそ本当にブラックかもね~」

「ちょっと! あたし真面目に話してるんだけど!」

「……ブラック」


 他愛もないチハツとムツハとダイキのやり取りに、ふとリオンが立ち止まる。顎に手をやり、目を細めて考え込んでいる。ブツブツと小さな呟きが断片的に耳へと届いた。


「ホワイト、レッド、ブラック……そして騎士……」

『……リオン?』

「あ、あの!」


 思いがけず大きな声を出したリオンに、視線が集中する。突然浴びた注目に肩身を狭そうにしながら、けれども意を決して口を開く。


「あの騎士の正体が、分かったかもしれな――――」


 その瞬間だった。


『っ‼』


 地が裂けたかのごとき轟音が、一同の耳をつんざいた。リオンの囁くような語尾はおろか、反射的な悲鳴すらひと息に呑み込まれ、足元があやふやになって立っているのも覚束なくなる。ほとんど破滅的な暴力に翻弄される形で、ユウ達は自由と平静を奪われた。


『う……』


 ……砂埃立ち込める中、ユウはやっと身を起こした。

 真っ先に視界へと飛び込んできたのは、落とした陶器のように無惨な姿となった校舎だった。不幸中の幸いか、足元から持ち上げられる形で弾かれたため、突き飛ばされて軽い擦過傷で済んだ。

 そばにいたのは、血に塗れたミチルだった。


『ミチル、大丈夫⁉』

「ああ……額を軽く切っただけだ。見た目ほど傷は派手じゃない……っつう……」


 ポケットにしまっていたハンカチで流血を拭う。押さえているうちに傷口が固まったのか、ひとまずは収まったようだった。ユウもホッと息をつく。


「おい‼ みんな無事か⁉」


 ダイキの呼び声が聞こえて、ユウはやっと周囲の惨状に気がついた。


『な……⁉』


 ……校舎の廊下が、重機で無理矢理抉られたかのように、ごっそりと崩れ去っている。このような惨事が起こる前兆を、なに一つ感じ取れなかった。そのことがより肝を冷えさせた。

 見れば、向こう岸にはダイキ、チハツ、ムツハ、リオンがいる。こちら側にはユウ、ミチル、音枝レンリの三名で分断されたらしかった。


「まずは合流しよう」


 こんな時でも冷静なミチルに安心感を得つつ、ユウは頷く。【ココロのウタ】を発動して後ろから抱きかかえられたミチルに、一人で浮遊できるらしい音枝レンリと共に続こうとして――すんでのところで遮られた。


『っ!』


 廊下いっぱいの巨躯が、こちらを敵視して立ち塞がっていた。黒い西洋鎧に、筋骨隆々な黒毛の駿馬――そして極めつけが、手にした天秤の異様さ。


「我が名は……ブラック……」

「っ、逃げるぞ!」


 名乗りを聞き届けるより先に、ミチルがきびすを返して駆け出した。瞬時にユウと音枝レンリも意図を理解し、後に続く。

 分断が深まってしまうが、小回りの利かない廊下で真正面から挑むことの方が勝算が低い。ただでさえ強敵なのだ。逃げるが勝ち。他三人との合流を視野に入れ、ユウ達は廊下の角を曲がった。


「成程……ネズミだな」


 こんなところで早々足の速さを活かす羽目になるのは思いもしなかったが、なんとかついていけている。騎士は突進こそ脅威的だが、文字通り一直線にしか突き進めない。曲がり角で煙に巻き、空き教室に身を隠せば、時間稼ぎにもなる。


「だが、『窮鼠猫を噛む』という言葉もある。ならば、」


 その間にスマホでメッセージを飛ばせば、合流も夢ではない――。


「っ、いけません。二人とも!」

「小癪なネズミは、飢えて死ぬが良い」


 ――その瞬間まで、ユウは安易に考えすぎていた。


『な、ぁ……っ……?』


 教室の扉越しに、ブラックを名乗った騎士が天秤を掲げているのがわずかに見える――だが問題はそこではなかった。

 指先から、四肢から、体全体から、力という力が抜けていく。喉が渇き、空腹を覚え、睡魔に襲われる。なんらかの異常事態を認識していながら、困惑に絡め取られたユウは段々と動けなくなっていった。


「いけません、君本さん、鳴護さん! 気をしっかり持って!」

「くっ……!」


 屈しそうになる膝を殴りつけ、ミチルが【ココロのウタ】を発動する。そのまま机を踏み台にして走り出すと、共に窓を突き破り、グラウンド目掛けて飛び降りた。なんという胆力だろうか。よろけて満足に立てないユウを支え、先程の展開をなぞるように音枝レンリもその後に続いた。


「これはあの騎士の持つ、なんらかの異能です。レッドが死神現象を率いていたのと同じようなものかと」

「っ、そうかい……」


 転がりながら着地したミチルが、小さく舌打ちする。窓ガラスを破る音に気づいたとしても、三人がこちらにやってくるまで、どれほどかかるだろうか。考えたくもない。ユウは【ココロのウタ】を発動できず、ミチルも限界に達しようとしている。どうしようもなく逆境だった。


「死んで、堪るか……」


 脂汗を流しながら、それでもミチルは奮起する。


「まだ私は、なにもできてない……やりたいことも分からないのに……」


 なにがそこまで彼女を突き動かすのか、ユウには分からない。だが偶然にも、発破をかけた次の叫びには同意見だった。


「いや、違う――‼」

「そうよッ‼」


 黒毛の駿馬が痛みにいななく。上空から舞い降りてきたのは、【ココロのウタ】に背負われたチハツだった。穿たれたあの穴を降りてきたのか、一目散にグラウンドへと向かってきたらしかった。攻撃がブラックの注意をこちらから逸らす。


「週末も目前なのに、ショッピングのメンバーが一人減ったらどうすんのよッ‼」

「そういうことじゃねぇだろお前‼」

「けど、殺されちゃ堪らないのは同感~!」

「さ、三人とも……!」


 追い駆けてきた様子のダイキとムツハとリオンも、息を切らしながら合流する。リオンの【ココロのウタ】に回復をかけられ、やっとユウもまともに立てるようになった。これでブラックを迎え撃てる。生気を取り戻したミチルの顔にも、闘争心がみなぎって見えた。激しいドラムが奏でるのは、珍しくもバラード。切なる想いを叫ぶ歌詞は、眼帯をつけた侍姿の【ココロのウタ】の闘志を高揚させる。


 これならば――きっと勝てる。


「――その音を轟かせろ、【ココロのウタ】――ッ‼」


  【戦闘】


「はぁっ……はぁっ……は、あ――」

『ミチル!』


 ミチルの体がくずおれる。音枝レンリが支えようとしたが、「大丈夫。ちょっと疲れただけだ」と制止された。ミチルのガッツは凄まじい。覇気とすら呼べるだろう。もう平素の雰囲気で立ち上がり歩いている。


「それより、訊きたいことがある……栗根」

「え、あ、はい?」

「さっき言いかけてただろ。あの騎士はブラックって名乗ってた。なにか思い当たったことがあったんじゃないのか?」

「あ……ちょ、ちょっと待ってて」


 一旦ストップがかかったとはいえ、ミチルからせっつかれるとは思ってもみなかったのか、慌ててリオンがスマホを操作する。しばらくして「こ、これ……」と見せられた画面に映し出されていたのは、有名なウェブ百科事典の一記事だった。見出しをユウが読み上げる。


『「ヨハネの黙示録の四騎士」……?』

「そう。新約聖書の預言書的な意味合いを持つ聖典、ヨハネの黙示録に記述されている四人の騎士のことなんだけど……」


 なにに記載されているかは、この際関係がない。問題なのは、その四人の騎士の概要だ。


「第一の騎士は白い馬に乗っており、手には弓を持ち、頭には冠を被っている――」


 ダイキが記事をかいつまんで音読する。


「――第二の騎士は赤い馬に乗っており、手には大きな剣を持っている」

「それって……」


 チハツが驚きのあまり瞠目する。


「確定だね、こりゃ」


 ムツハの言うとおり、記事の中身は、これまで見てきた騎士達そのものの記述だったからだ。


「第三の騎士は黒い馬に乗っており、手には天秤を持っている。そして、」

「第四の騎士は――

『――――』


 音枝レンリの玲瓏な声が、不吉な響きを紡いだ。

 ぬるい風が吹き抜ける。汗ばんだ肌にシャツが貼り付き、不快な心地がする。リオンがぶるりと背筋を震わせた。


「こいつが敵の総大将かは分からない。それでも注意しておいて損はないだろうな」

「な、な、なによ死って!」


 ミチルの警句に、チハツが大仰に鼻を鳴らす。


「あたし達もう死んでるって言われたじゃない! 今更なによ、死って!」

「ホワイトはなかったけど、レッドとブラックには異能があったろ。それと同じだ。だから、この世界から死ぬ……跡形もなく消されるかもしれないって話だよ」

「っ……!」


 急に過酷な現実へと引き戻されて、威勢の良かったチハツの喉が詰まる。彼女も現実逃避したいわけではない。だが「自分達は死んでいる」という現実離れした話の続きを唐突に突きつけられて、拒否反応が強く出てもおかしくはなかった。


「あ……あーもう! 折角週末のショッピングが目前なのに、白けるったらありゃしない!」


 いかり肩でチハツが歩き出す。


「帰る!」

「あ、おい!」

「……そっとしておいてあげましょう」


 チハツの後を追おうとしたダイキを、音枝レンリが引き留める。


「信じられなくて当然だと思います。加上さんはここが死後の世界であることも認めていない様子でしたから」

「まあ、ボクらも信じきれてるとは言いがたいけどね~……」

「だからっていいのか?」


 チハツが現状を信じられなくて当然であるように、ミチルが危惧するのもまた当然だった。


「蒼ざめた死の騎士――『ペイル』って奴は、遅かれ早かれ私達の前に立ち塞がる。少しでも備えなくていいのか?」

「備えは十全に行います。そのためにVFCとして活動していますから。ですが……」


 遠く、小さくなっていくチハツの背中を切なそうに音枝レンリは眺め、そしてユウ達に微笑んだ。無理をしているような笑みだった。


「青春することもまた、皆さんには大切なことです――週末のショッピング、私は行けませんが、皆さんで楽しんできてくださいね」

『…………』


 ……そういえば、先生である音枝レンリを誘うことを、すっかり忘れてしまっていた。彼女の心中を察することはできないが、ついぞ誘われなかったことを、彼女はどう思っただろうか。言い出しっぺのチハツが憤慨しながら帰ってしまった今、ユウだけの判断で誘うこともできない。

 寂しがっていなければいいが……と、ユウは遅すぎる後悔を胸に秘め、近づく秋の気配越しに危機の到来を感じていた。


  ◇


○鳴護未散(メイゴ・ミチル)

 死因は『■■』。■■な人気を誇る■■■■だったが、とある日の■■■で自身の■■■だった男が暴走。■■で■■■■にして■■。突然の■■だった。■■■■間近だったことが知れず未練となり、■■への忌避や形容しがたい■■■として発露していた。


  ◇


 夜に手頃な時間が空いた。誰かと話でもしようか?


  【選択肢:ダイキ/チハツ/ミチル/リオン/ムツハ/音枝レンリ】


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