エゴ⑦
ユウが音枝レンリにボールペンをプレゼントしていた、感動的な局面と同時刻。一人不参加のムツハはといえば、自室で余暇を満喫していた。
可愛らしいぬいぐるみやフェミニンで統一されたクローゼット、お洒落な雑貨といった好きなものだけで満たされた、一人のために作られた楽園。愛用のデスクトップパソコンで見ているのは、放送十五周年でブルーレイボックスが発売されるのを記念した、大好きなアニメの全話一挙配信だった。
音枝レンリの仮想世界は、SNSの発信などで直接干渉できるかはさておき、こうして現実世界の情報も同様に舞い込んでくる。
「この作品がブルーレイボックス発売とか、もうそんなに年月が経ってたんだね~」
ムツハは大団円のエンディングでオープニングテーマがフルサイズで流れるのをぼんやりと眺めながら、誰にも知れずひとりごちる。間食代わりに口に含んだストロベリーチーズケーキ味のロリポップキャンディが、カラリと軽い音を立てた。
……ストーリーは、至ってシンプルな作品だ。通う学園に危機が訪れて、特殊な力に選ばれた主人公と仲間達が友情を育みながら、最後には世界すら滅ぼしかねない巨悪すらも退ける。良く言えば王道、悪く言えばひねりのない無個性な作風。オンエア当時のムツハは、その愚直なストレートさに心を救われていた――愛と勇気と友情があれば、どんな辛く苦しい逆境をも覆し得るのだと、心の底から信じていた。
「ま、死んだ時はそんなこと考える余裕もなかったんだけど!」
声色は努めて明るく保ってはいたが、その中身は泥濘のように暗澹としている。それもそのはず――ムツハは既に、封じられているはずの自身の死因と過去を思い出していた。
「いや~……ホント、嫌んなっちゃうよね」
扉越しに、きゃあきゃあとユウ達が食堂で騒ぐ声が聞こえてくる。壁に防音設備がなされていない以上、食堂に近い部屋なので仕方ないのだが、否応なく耳に飛び込んでくる無邪気で遠慮のないはしゃぎ声に、ムツハは神経がピリピリと苛立つのを抑えきれなかった。
「――――っ」
ふいに、そばにあったうさぎのぬいぐるみに掴みかかり、ベッドへと力任せに放り投げる。叩きつけられたぬいぐるみは一回バウンドすると、ハート柄のラグが敷かれた床へと転げ落ちた。
「はぁ~……」
「なにやってんだろ」と溜め息交じりにゲーミングチェアから立ち上がり、ぬいぐるみを元の場所に戻す。インテリアとして、ここが最高なのだと自分で決めたはずの定位置だった。
「我慢我慢……実際はもういい歳した大人なんだから」
だがその表情には、堪えきれない怒りが滲んで見えた。
「それに、どうせああして楽しんでられるのも今のうちだしね! あはははは!」
歪んだ笑みを浮かべながら、ムツハは「ご覧の配信は終了しました」と表示された動画配信サイトのウィンドウを閉じ、デスクトップに置いておいたとあるフォルダを開く。
その中には――西洋の騎士に関する写真やイラストが格納されていた。見ようによっては、なにかの参考資料のようでもあった。
「ボクの『理想』のために、キミ達にも地獄を見てもらわないと!」
フォルダ名は――『黙示録の四騎士』。
「明るくて楽しい青春なんて、絶対に過ごさせない……」
ガリリ、とまだ大きかったロリポップキャンディを強引に噛み砕く。
「……だってそうじゃなきゃ、最悪な記憶を思い出して青春をこれっぽっちも満喫できないボクが許さない」
近々来たる崩壊の時を彷彿とさせるように、甘ったるい人工的な味わいの平穏を、噛んで、噛んで、噛み潰す。
「そんなの――フェアじゃないでしょ?」
薄暗い部屋の中、ムツハはこの上なく邪悪に笑った。
この穏やかな日々が、少しでも長く続けばいいとユウは願った――――その願いが、間髪入れずに叩き壊されることを、露ほども知らずにいた。
◇
○伊東大来(イトウ・ダイキ)
死因は『■■』。■や■■に囲まれて、■■目前という■■■だった。年齢の割には■■■■で、■■とも■■■を使って■■していたぐらいだが、■■は病院生活だったことから■■■■■は経験がなかった。当人は割り切っているものの、■■の■■■、■■を支えるために■■を捨てて■■■■■ため、高校生活に未練が残った。
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