【track.09】②



 引きこもっているリオンの自室は、引きこもりという現状を表す言葉からは連想できないほど、理路整然と片付いていた。逆に片付きすぎていて、生活感が薄い。しいて言って本棚に並ぶ小説の背表紙から人間味が窺い知れるかもしれないが、それ以外はモデルルームのような有様だった。自身への興味の薄さが滲み出ているがゆえのことだったが、今はそれを評する他者はいない。


「はあ……」


 部屋に小さな溜め息がこだまする。

 リオンはここのところ、ずっとこの部屋で日常を過ごしていた――理由は言うまでもない。思い出してしまった、自身の過去の記憶と死因ゆえだ。それがリオンから他者と関わる意欲を奪い、自主的な軟禁状態に導いていた。


「こんなこと、いつまで続くのかな……」


 自分自身に問いかけたが、答えは見つからない。そもそも出ようとしないのは自分なのだから、分かるはずもなかった。「分かりたい」という意志も、既に怠惰が攪拌してしまっていた。


 そして、その瞬間までリオンはぬるま湯に浸かるような日々が続くのだと……信じていた。


「だ、誰か……誰かッ‼」


 閉じた部屋の中にまで響く、悲痛な叫びが耳朶を震わせる。


「なん……なんだ……?」


 突然のことに、リオンは思わず扉に耳元を寄せる。声の主は音枝レンリだとつぶさに理解できた。そして、続く言葉の意味も。


「君本さんが、死神現象に襲われて……‼」

「!」


 それ以上は聞き届けなかった。弾かれたように自室を飛び出したリオンは階段を転びそうになりながら駆け下り、音枝レンリに抱えられたユウへと飛び出した。


「ぼ、僕の【ココロのウタ】で――、っ⁉」


 かざされた手が、むんずと掴まれる。


『捕まえた』

「な……っ⁉」


 リオンが驚きで狼狽える。改めて見てみれば、ユウには怪我一つ見当たらなかった。顔色も悪くない。健康そのものだ。このような三文芝居に及んだ理由など、一つしか思いつかない。


「せ、先生と競合して騙したの……⁉」

『今は「ごめん」とは言わないよ』


 それを告げるのはまだ早いと言わんばかりに、ユウは身じろぎするリオンから手を離さない。


『こうすれば、きっとリオンが来るって信じてた』

「…………っ」


 信じられていたことの喜びと、だからこそ利用されたのだという失望がないまぜになる。複雑さで歪んだ顔をしたリオンは、二の句が継げない。やっと口をついて出たのは、困惑する思いだった。


「どうして、こんなことを……!」

『リオンと話がしたかった』

「僕はしたくなかった!」


 必要以上に荒げてしまった声に自身が驚きつつも、リオンの頑ななままだった。


「い、今更なにを話すっていうの……思い出した過去の記憶? それとも死因? どっちだって願い下げだ!」

『どっちも話す必要はない』

「は……?」


 困惑を疑念が塗り潰す。ユウの視線は真っ直ぐに、リオンを射抜いていた。


『過去の記憶も死因も、無理に話す必要はない。VFCの活動に戻ってきてほしいのは本音だけど、それも強制するつもりはない。ただ、』


  【選択肢】

『私と――戦って』

『僕と――戦って』


「…………」


 リオンは度肝を抜かれる。ユウが言っているのは、別に現状を打破する必要はないということだからだ。そんなことを信じられるだろうか? 普通はあり得ない。戦ってほしいとは言ったものの、それでなにかが変わるかも分からない。そんなことはユウ自身が一番よく分かっていることだろう。


 だが……リオンはなにも言わずに首肯した。


 停滞したなにかが少しでも動いてほしいとすがるような思いが、微塵もなかったわけではない。心の澱となってわずかに残っていたなにかに突き動かされるように頷いたリオンは、ユウと音枝レンリと共に夜の学校へと向かった。


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