【選択肢:チハツとミチルについていく】
大型のコスメショップは、化粧品特有の華々しい香りに満たされていた。今やメイクする男性も珍しくないこともあり、店内には女性客のみならず、彼女と共に見て回るカップルや、スキンケアに興味を持ったらしいスーツ姿の男性一人客も見受けられ、和気藹々と活気づいていた。
「ほら、侑も早く来て!」
『あ、うん』
浮足立った声に促されて入店すれば、見慣れないパッケージの乱舞にクラクラする。チハツはといえば、早速ミチルに似合いそうなコスメを目敏く見定めたらしく、見本のリップを手早く腕に塗っていた。
「ほら、これとかプチプラかつ、マットなテクスチャで一気に大人っぽく仕上がると思うんだけど! どう?」
確かにチハツの言うとおり、差し出されたそれはしっとりと濡れたような質感で、ミチルが差せば誰もが振り返る色っぽさを獲得できることだろう。トキオも「め、滅茶苦茶似合うと思う! 凄くそう思う!」と諸手を上げて喜んでいた。
だが、ミチルは頑なに「いい、別に」と首を横に振る。
「化粧に興味はない」
「そういう信条なら、別にあたしも無理強いはしないけど……そうは言いつつ、あんた色付きのリップクリーム塗ってるじゃない」
「え、そうなの?」
「ぐっ……」
チハツの慧眼に、ミチルはばつが悪そうに顔をしかめる。逆にトキオには薄化粧すぎてバレていなかったようで、顔面蒼白のまま「え、侑、お前は気づいてたか?」とすがりつかれてしまった。正直、怖い。
【選択肢①】
『実は気づいてた』
「嘘⁉ この中で気づいてなかったの、俺だけ⁉」
「流石に勘が鋭い奴にはバレてるか……」
【選択肢②】
『まったく気づかなかった』
「そりゃそうだ。分からないように、唇の血色に合わせてやってるからな。とはいえ、流石に勘が鋭い奴にはバレてるか……」
「身嗜みに気を遣ってるなら、その延長でメイクにチャレンジしても、あたしはいいと思うんだけど。どう? やっぱりそうは思えない?」
「それでも……私はいいよ。やめておく」
ミチルの決意は固い。チハツの「JKが流行に命懸けるのは当たり前」とは別の、信念とすら言える雰囲気が感じられた。
「……どうしてか、訊いてもいい?」
おずおずと尋ねるチハツに、「自分でも断言できるだけの理由があるわけじゃないんだが、」と前置きしたうえで、しかしハッキリとミチルは言い切った。
「人目を集めるといいことがない――漠然とだが、それだけはしかと分かる。だからだ」
「鳴護さん……」
トキオがしなびる気持ちも理解できた。特に数日前、芸能関係から熱烈なスカウトを受けていたミチルを目撃したユウには。こうも判然と、自分の容姿に対する諦観を漂わせてしまっては、トキオも手放しに褒めそやすことはできないだろう。
「ま、そういうのもいいんじゃないの?」
さらっとチハツは言ってのける。
「今時、メイクは義務じゃないんだから、楽しめなきゃ無理にすることでもないでしょ」
こういう時、すっぱりと切り替えられるチハツは強い。強靭さはしなやかさも有している。強さの証明とばかりに、シリアスな空気がぱあっと明るくなった。
「じゃあ代わりに、あたしの推しコンシーラー教えてあげる! これさえあれば、目の下にできた立派なクマもイチコロよ!」
「そんなの、クマができないよう十分な睡眠を心がければいいだけの話だろ。なに言ってるんだ」
「夜はなにかとやることあるから、ついつい夜更かししちゃうのが分からないのか! この健康優良児! ムキーッ!」
……沸点が低いところが玉に瑕だが。
「俺も、こういうのに興味を持つところから始めてみようかな……」
『いいんじゃない? 乳液とか導入美容液とか色々あるし、そういうのも見て回ろうよ』
「おう!」
――騒がしさの絶えない買い物だったが、不思議とミチルは嫌そうな顔一つせずに付き合ってくれていた。
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