【track.08】

【track.08】①



 数日後、週明けの昼休みにユウは二年C組を訪れていた。扉を開けて覗き込むだけで、目敏いチカとルリらしき二人組に見つかり、「あ! チハツ、お客さん来てるよ!」と間を取り持たれた。ありがたいのだが、少々気恥ずかしい。昼食途中だったチハツも「うん、ありがとねー」と普通に対応し、「ここだとなんだし、屋上行こっか!」と促す際に笑う余裕すら見せた。

 ……だが、実態はそう生やさしいものではなかった。


「なんで来たの?」


 屋上に人気がないと分かるや否や、チハツは露骨に嫌悪感を見せつけた。怒りが灯った顔をしている。やっと吹いてきた秋風の爽やかさに似つかわしくない、重苦しい雰囲気が漂った。


「分かりやすく既読無視したわよね、あたし」

『……だから来た』


 寮内で接触を図ろうとすればすげなくかわされ、チャットアプリでメッセージを送れば返信もなかった。個別でメッセージを送ったのにも関わらずだ。これはもう、徹底して袖にされていることはユウにも理解できた。だからこその大胆不敵な直談判である。


『VFCにはもう来ないの?』

「もう行かない」

『どうして?』

「どうしてって……チカとルリと遊ぶのに忙しいから。必要なら退部届を出したっていいけど?」


 チハツは即答するほどに頑なだった。それゆえ、ユウももう一歩踏み込まざるを得ない。


『それで本当に心の底から青春を満喫できるなら、そうしたっていい』

「……どういう意味?」


 敵愾心を剥き出しにして、チハツは片眉を吊り上げた。効果覿面だと、ユウも残酷に畳みかける。


『友達がイミテーションだと分かったうえで、それでもできるならどうぞ』

「…………っ!」


 勢いよくネクタイに掴みかかられる。チハツの怒りに歪んだ顔は初めて見たが、覚悟していたからか、ユウは『正視に耐えるものじゃないな』と内心冷静に評価を下していた。


「喧嘩売ってんの?」

『買ってくれるなら、いくらだって売りつける』

「なら買ってやるわ」


 荒々しく突き飛ばし、扉へと向かう。するべき話はもう済んだというポーズだった。


「今夜、あたしと学校で勝負しなさい。あたしが勝ったら、金輪際手出ししないことを約束して」

『ならこっちが勝ったら、VFCの活動にまたちゃんと参加してもらう』

「分かったわ。審判役には先生でもやらせて」

 勝負にフェアなのも、勝った暁には確実に約束を守らせるためもあるのだろう。

「それじゃあ」


 その言葉を最後に、チハツは屋上を去っていった。


 ……そういったところはどうしようもなく律儀なチハツは、だからこそユウの安い挑発が功を奏したのだ。チカとルリをイミテーションとは思っておらず――それがたとえ傍目からは現実逃避に見えるものなのだとしても、チハツはすこぶる本気で友達だと思っている。

 しかし、チハツこそこの世界が仮想のものなのだと、一番に理解しているはずなのだ――世界の限界とも呼べる果てを実際に見て、友達がイミテーションであると確認してしまったチハツは特に。だからこそVFCの活動には戻りたくないのだろう。自身の過去の記憶と死因を否応なく思い出させてしまうユウ達は、今や敵と他ならないのだ。

 ――チハツは全身全霊を懸けて、ユウを倒しにやってくる。それは間違いない。

 キーンコーンカーンコーンと、昼休みの終わりを告げるチャイムが鳴る。


『……お昼、食べそびれちゃったな』


 後で隙を見計らって食べなければならない。必要経費とはいえ、ユウはやれやれと頭を掻いた。


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