【track.06】③
――そして、その夜。VFCは日暮れと同時に、ムツハと合流して動き始めた。
「おい、あれを見ろ!」
部室を出てすぐ、ミチルが廊下の窓から校庭を指差した。そこには悠然と構える非日常の姿があった。
「ペイン……!」
音枝レンリが瞠目する。青白い西洋鎧と騎乗した駿馬は、これまでのホワイト、レッド、ブラックなどと比べても、あり得ざるものの存在感を際立たせていた。
「ど、どうする……?」
「どうするもなにも、逃げ隠れしないで出てきてくれて良かったんじゃないか?」
萎縮するリオンへ向けて、ミチルは殊勝に笑む。
「死神現象で余力を削がれるより、先に来てくれて助かるよ」
「あんた、またそんな肉食系なこと言って……」
「でも、俺も同意だ。奴さんもお出ましでやる気なら、こっちだってやるしかねぇだろ」
拳を手に打つダイキもやる気満々だ。というより、ここは腹を決めなければならない大事な局面なのだろう。ユウも怖気づく心持ちと共に、生唾を呑み込んだ。
『……行こう』
「私も行きますが、皆さんも最大限に警戒を。相手はなにをしてくるか分かりません」
音枝レンリの忠告に一同が頷き返すと、【ココロのウタ】を展開、窓から一直線に校庭へと弧を描いて飛び降りた。
「我が、名は……第四にして最後の騎士・ペイン……」
彫像じみていた鎧が擦れる硬質な音がする。それが一層戦うべき相手なのだということを自覚させ、ユウ達に臨戦態勢を取らせた。
「我は、死である……」
「な、なにが死よ! あたし達、もう死んでるらしいし? これ以上怖いことなんてないわよ!」
「本当にか?」
「えっ……」
「本当に、そう、思うのか……?」
この騎士は、なにかが違う。いや、これまでの騎士達も異様だったが、それ上回るほど雄弁に、なにかを訴えかけようとしている。もしくは悟らせようとしているのか。
「千初、それ以上会話したって無駄だ。バケモノの言うことなんざ、耳を貸す必要はねぇ!」
間に割って入るダイキによって、チハツはハッと我に返る。倒さなければならない相手の、よりにもよって死を名乗る不審な存在の言い分など聞き入れる必要はない。正論だ。
……だとしても、ユウにはどうしてもそれだけではない雰囲気を感じずにはいられなかった。けれども仲間達は勇んで構える。考える時間は微塵も残されてはいなかった。
「いくわよ――ウェブ百科事典のとおりなら、こいつを倒せば全部終わるんだから!」
「おう! 吠え立てろ! 【ココロのウタ】――‼」
ダイキの口上と共に黒い重装甲の音枝レンリが駆け、事実上の最終決戦が幕を開ける。造語のコーラスが重厚な民族調のダイキの【ココロのウタ】に後押しされるように、ユウも先程までのナイーブな考えはかなぐり捨てて、愚直なまでにペインへと食らいついた。
【戦闘】
『これで――ッ‼』
【ココロのウタ】が奏でる音が鎖となって戒め、ペインの急所を捉える。吹き荒れる歌の嵐が、その中心部分へ目がけて一直線に貫いた。
「ぐぅ、おおおお……!」
荒々しい呻き声に、戦う前の饒舌さはない。ただ崩れゆく四肢を前に、激闘の結果を惜しむばかりだ。
「そうか……これが『死』、か……」
風前の灯火となった我が身を見て、納得したとばかりに感慨に耽っている。
「汝らも、知っているはずだ……既に……」
意味深な発言の意味に疑問符を浮かべる間もなく、ペインは消え失せた。砂塵となった体は、秋風に吹かれてどこへともなく飛んでいく。
「終わった、のかしらね……一応……」
「まだ黒幕とやらが残ってるから言い切れんが、ひとまずは安心できるんじゃねぇかね」
「よ、良かった……」
肩で息をしながら、チハツとダイキとリオンが辛くも勝利した喜びを分かち合う。
「皆さん、お疲れ様でした。お疲れのようですし、今晩はこの辺りで解散に――――」
ユウもそこに加わろうとして――そうして気づく。
視界の端でムツハも加わろうとした時、ミチルが間に入った。二人の体が交錯する、その瞬間。
『っ』
ガキン、と。
【ココロのウタ】が刃を交える音がして、緩んでいた神経が緊張で強張る。息をついたのも束の間、間髪入れずに飛び込んできた凶刃によって、一同は混乱に浸された。
「撫木、さん……?」
「あ~らら」
いつもと変わらず、軽薄な声はこれが冗談だと言いたげに笑っていた。
「な~んで止められちゃうかな~? これでもひと思いにやっちゃおうって優しさのつもりだったのにな~」
「なに言ってるんだ、お前。そんな殺気剥き出しのままで、ごまかしきれると思ってるのか。だとしたら相当な大根役者だぞ」
「へぇ~……」
ムツハの笑みは、ひたすらに酷薄だった。軽蔑とも嫌悪とも知れない感情がないまぜになった表情は、笑みを模った能面のようだった。
「人のことなんて全然興味ないって澄ました顔してるくせに、人のことちゃっかり見てるんだ~……そういうところ、ボク嫌~い」
舌を出す様子も、いつものムツハと変わりない。だからこそ、ユウ達と敵対しようとしている現状が理解不能だった。何故、どうしてと、不可解ばかりが増えていく。
「でも別にいいや。今日でその綺麗な顔も、グチャグチャに歪むから!」
ムツハの口上によって、【ココロのウタ】が狼煙のように合図を打ち上げる。笛に似た音色が校舎を揺らし、空気がどよめいた。
「む、睦羽! あんた裏切ったの⁉」
「人聞きが悪いな~。そもそもボクはキミ達のこと、仲間だなんて思ったことは一度たりともないよ」
「っ」
「今の一撃でボクに倒されなかったの、これから後悔すると思うよ~。なんたって、本物の地獄を味わう羽目になるんだからね!」
「――そうそう!」
「!」
新たな人影は、校門から現れた。短い一言に聞き覚えのある響きが含まれていることを、ユウは信じたくなかった。信じたくない現実ばかりが溢れていく。溺れそうになりながら、一同は立ち尽くすばかりで精一杯だった。
「――これから辛いことになっても、自己責任だかんな。そこんとこ、ヨロシク!」
『ト、キオ……?』
暗がりから歩み出てきたのは――無弓時雄だった。
転校して初めての友人であり、一昨日ショッピングにも出かけた相手の顔を、ユウが見間違えるはずもない。
「あれは、誰ですか?」
唯一顔を合わせていない音枝レンリが警戒を強める。
【選択肢】
『私の隣の席の
『僕の隣の席の
「いえ、そうではありません――あれは、この学校の生徒ではない存在です」
『は……?』
意味が分からない。理解を拒むユウを置き去りにして、音枝レンリは衝撃的な事実を続ける。
「この学校の生徒と教員は全員把握しています。自分で作った世界ですからね。ですが、あのような生徒は把握していません。つまり――この世界の外からやってきた存在です」
『――――』
絶望が、手足の血の気を奪っていく。
「なんだ、じゃあこの男子高校生役ももういいってことか! ――そちらの方がわたしは楽ですけどね」
トキオだったはずの誰かは、まるで人格でも切り変わったかのように、つらつらと慇懃に話し始める。
「お初にお目にかかります。わたしの名前は……そうですね、『デストルドー』とでも言っておきましょうか。一応高校生のあなた方に名乗っても小難しいだけでしょうが、ま、覚えておいて損はありません。後で帰った時に検索すればよろしい」
「無事に帰させてくれるってのか? 敵ながら優しいことだな、デストルドーとやらは」
安い挑発を舌に乗せるが、ミチルは一切気を緩めていない。デストルドーからは騎士達と同種の圧が放たれており、こちらは容赦なく気圧されていた。
「そうですね……無事というのがなにを指すのかにもよりますけれど、わたしは別にあなた方を害そうとは考えておりません。今はその時ではないと考えています」
「じゃ、じゃあ、なんのためにやってきたっていうのよ! まさか顔見せだけ⁉」
せめてもの強がりをチハツが吠え立てるが、ダイキがツッコむ余裕もなく、またリオンが諫める様もなかった。皆いっぱいいっぱいの中、ギリギリのところでで臨戦態勢を保っていた。
「まさか! 顔見せだけだなんて、あり得ませんよ。わたしもそんなに暇ではありません」
デストルドーは軽口を叩くが、こちらに対してまったく敵意を緩めていない。いつ戦いの火蓋が落とされてもおかしくなかった。
背骨がミシミシと音を立てる。夜の重さで息ができない。立ち向かわないといけないのだろうか、いやでも……と葛藤で頭がいっぱいになる。けれども、デストルドーを名乗る存在が黙示録の四騎士の背後に潜む黒幕なのだとすれば、否応なく倒す他ない。その決意を眼前に差し出されて、ユウは目を逸らせずにいた。
「わたしがやりたかったのは、一つだけ」
デストルドーが人差し指を立てるが、気が変わったとばかりに取り下げた。
「まあでも、その前に皆さんが元気だと都合が悪いので、少しの間――大人しくしてもらいますね」
【戦闘】
『嘘、だ……』
デストルドーの強さは圧倒的だった。ここまで黙示録の四騎士の倒してきたVFCの面々では、まるで勝負にならなかった。
「黙示録の四騎士は、ああ見えてわたしが制作したプログラムなのです。敵性体であったのは、あくまで睦羽さんからの提案で作った外見だけ。伝説上の存在ではない紛い物なので実装できた能力もバラバラでしたが、そのおかげであるプロテクトを簡単に解けるまでにしてくれました」
「だ、だから、なんだっていうの……⁉」
「なんなのだと言われれば、ほら――」
デストルドーの姿が消える。
否、
「ひ、」
目にも留まらぬ速度で、尻餅をついたチハツの前へと躍り出た。
「千初ッ‼」
「――このように」
チハツの顔に手をかざす。たったそれだけの所業で、世界は一変した。
「ヒ――ぁ、ああああああああ――ッ‼」
口元が裂けんばかりに大口を開けて、チハツの絶叫がこだまする。
「テメェ、千初になにしやが――‼」
チハツへと駆け寄ったダイキの顔にも、デストルドーは手をかざす。その瞬間、視界に収まっていたダイキの顔が青に染まる。なにをしたのか想像もつかない。ただとてつもなく恐ろしいことが行われているのだと、敗者のユウは這いつくばりながら呆然と見ているしかなかった。
「なにをしているんだ……!」
肩を怒らせるミチルにも、デストルドーは一切の躊躇もなく手をかざす。
「ほら! これで分かりましたでしょう?」
「なん、だ……これは……⁉」
辛そうに胸を押さえるミチルを眺め、「なにって、分からないんですか?」と心底不思議そうに人でなしは首を傾げる。
「なにを隠そう、あなた方の封じられていた過去の記憶と死因ですよ」
『…………っ!』
――「死んだ記憶は意図的に封じられています」
――「言うなれば、死の記憶は見るだけで生命が再度断絶されるに匹敵するショッキングなものです」
――「死を含めた記憶は皆さんのアイデンティティが秘められているものでもあります」
――「ですが、ショックによって皆さんが青春をまっとうできない危険性の方に重きを置き、私の独断で封印させていただきました。望むならば開示することも可能ですが……あまりオススメはできません」
音枝レンリが憂慮し、施した記憶の蓋が暴力的に開け放たれている――その事実に、ユウは反吐が出そうだった。
「思い出したよねぇ~? 生前のクソッタレな過去の記憶も! 最悪の死因も!」
「とはいえ、最初に蓋を開けたあなたが協力を申し出るとは思いもしませんでしたが……」
「キミのことを仲間だとは思わないよ。憎んですらいる。けれど、他の連中にやってても同じようなことをしたんじゃないかな~?」
「…………」
誰もなにも応えない。それは単に白を切っているからだけではなく、言い返す言葉を誰一人として持ち合わせていないのだと、静寂が雄弁に物語っていた。
「こ~んな記憶、他の連中が持ってないだなんて知って、もうはらわたが煮えくり返ったよ~。だってそうでしょ? 自分だけが最悪な過去を思い出させられて、なのに他の連中は全部忘れてのうのうと青春ぶって暮らしてるなんてさ……耐えられないよ」
『なんて身勝手な!』とは言えなかった。ムツハがどんな凄惨な過去を秘めているのか分からない。口をつぐんでいる仲間達が、なにを思って沈黙を貫いているのか分からない。
「全部――グチャグチャにしてやる」
だがムツハの酷薄で冷徹な視線だけが、残虐な加害性の発露が一過性でないことを代弁していた。
「でもきっと、あなたのお仲間もこれで現れるのではないでしょうかね。あと一人、彼の記憶の蓋さえ開けてしまえば、みんな条件は同じでしょう?」
「ああ、理音ね。その可能性は否定しないけど……でも変な話。なんで侑だけ記憶の蓋が開けられないのかな~?」
「それは後々説明しますよ。大切なことですからね」
腰が抜けて逃げられなかったリオンを、デストルドーが追い詰める。
「い、嫌だ……やめて……!」
「やめませんよ。あなた方は死んでいる。死んだからには、その過程と結果を正しく見つめなければならない。それは自然の摂理ですから」
懇願をすげなく拒絶し、デストルドーは問答無用でリオンに手をかざす。直後、逃げようとしていた意志すらも奪われたかのように、リオンは声もなく脱力した。
「これで全員」
「イエ~イ! ミッションコンプリート~!」
カラカラと嘲り笑うムツハは、しかし微塵も楽しそうではない。アンバランスな盛り上がりは早々に打ち切られ、「はあ、疲れた。行こ」と一同に背を向ける。
「――撫木さんッ‼」
「なに~先生~? ボクもう疲れたから行きたいんだけど~」
ムツハは努めて笑顔を取り繕っているが、前髪から垣間見えた眉間には青筋が立っているのが見えた。だとしても、音枝レンリはこのような所業を繰り広げた悪逆非道を問い質さなければならなかったのだろう。平素ではあり得ないほど、声を大にする。
「どうしてこんなことをしたんですか⁉ 貴方も例外なく高校時代に未練を持つはずです‼ それが何故……‼」
「だからさぁ……その考えが、そもそもの間違いなんだって」
「間違い……?」
「分からない? ああ、そっか。人間じゃなくてバーチャルシンガーだもんね。分からなくて当然だわ」
「っ」
図星に、音枝レンリは黙りこくる。
「ボクは第二の人生なんて欲しくなかった……ただ最悪の現状が変わってほしかった。なんていうかさ、プレゼントが致命的にズレてるんだよね」
「そ、れは……」
「『出来ないから代わりにこうした』? それが余計なお節介なんだよ。出来ないなら、棺を暴かないでほしかった」
「…………」
「さよなら、先生」
それを捨て台詞に、ムツハはデストルドーと共に去っていった。もう……寮には帰ってこないだろう。確信を持ってユウはそう思った。
「おい、」
夜の闇が耳を刺すのよりも先に、ミチルが動いた。音枝レンリの胸倉へと掴みかかる様が、やけにスローに見えた。強烈なビンタが炸裂する。
「どうしてこんな大切なことを隠していたんだッ‼」
ミチルが珍しく冷静さを欠いているのは目に見えて理解できた。だがそこに割って入れるほど、ユウも冷静であったわけではなかった。
「大切なことだからです」
「だからどうしてッ‼」
「こうなると分かっていたからです……!」
「っ……!」
それ以上は押し問答だと判断したミチルはきびすを返す。帰っていく背中を無言で見送って、ユウはリオンへと手を差し伸べた。
『リオン、寮へ帰ろう』
ぱしっ、と。
『え……?』
優しさだけで差し伸べたはずの手がはたかれる。リオンはハッと己がしでかしたことに気がついたようだったが、詫びの一言もなく、足早に姿が遠ざかっていく。
なにが起こったのか、呑み込むのに時間がかかる。リオンが動揺していたのを踏まえても、尋常ならざる状態ではないことが窺い知れた。頬を腫らした音枝レンリもしゃがみ込んだチハツを支えて立ち上がらせるが、その状況も正常とは言いがたかった。
「ねえ、私の記憶なんて嘘なんでしょう?」
涙ながらにチハツは音枝レンリへとすがりつく。
「私はちゃんと高校に行って、楽しく青春して……ねえ先生、そうだよね……?」
「…………」
音枝レンリはなにも言い返せない。沈痛な面持ちが、余計に記憶を真実だと裏付けていた。
それでも、寮に帰らなければならない。音枝レンリは無理矢理にでもチハツを自発的に歩かせる。
「あは、あはははは……嘘だよね、そうだよね……これが現実なはずないもんね……」
その後を、愕然としたダイキを支えたユウもついていく。暗澹とした空気が垂れ込める中、足取りは重く、鉛のようだった。
――こうして、VFC最悪の夜は取り返しのつかない亀裂を生じさせたまま、幕を閉じた。
◇
○撫木睦羽(ナデキ・ムツハ)
死因は『■■■』。■■■■■好きの趣味を■■に拒絶され、一時は普通に適応して生きようとするが、耐えきれず■■を早々に■■。以降■■■■■に。その後ぬるま湯に浸かるような日々を送るが、■■歳を過ぎた時、■■■■■■によって帰らぬ人になった。
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