【track.06】②



 ――そして放課後、VFCの部室にはムツハ以外の全員が集合していた。


「ムツハの奴、どうしたのよ?」

「『夜更かししたから今日はお休み~』だってよ」

「全日ブッチとか、勇気があるんだか腑抜けてるんだか……」


 VFCのグループチャットに、眠るパンダのスタンプが送付される。どうやら部活も欠席を決め込むらしかった。


「来ない奴の話をずっとしていてもしょうがない。単刀直入に本題に入ろう」


 ミチルが音頭を取る。


「――みんな、例の画像は見たな?」

「そりゃあもう。これあたしのスマホより最新の機種で撮った奴よ絶対。画質がレベチだもの」

「そういう話じゃねぇだろ」

「で、でも、これまでの騎士との共通点から、本当の写真っぽいのは確定じゃないかな……?」


 ユウも首肯する。よく観察した結果、戦ってきた騎士達と同じような意匠があり、この騎士が最後にして第四の騎士・ペイルである可能性は確定的なものとなった。それは他のメンバーの同意からも示されている。


『今のところ、その写真を撮った人が幽霊に襲われたって話は聞かないね』


 他学年の欠席した生徒は埒外のため、こちらは確定的なことが言えないが、音枝レンリも「そのようです」と後押ししており、鬼の首を取ったような喜びと勇み足で投稿したであろうことは容易に想像がついた。


「撮影した生徒探しはしても無意味だと思います」

「その心は?」

「既に写真が広く出回っており、事態の完全な収拾は不可能だと判断するからです」

「なるほどな……」


 最早、先生から撮影者に釘を刺すだけでは済まない状況になってしまった。これから危惧するべきなのは、二匹目のどじょうを狙った第二、第三の撮影者が現れることだろう。最初の生徒は運良く逃げおおせたのかもしれないが、次からは不幸中の幸いが働かないかもしれない。


「やはり、早いところペインを倒すことが先決だと思われます」

「まあ、そうなるよなぁ……」

「元々そう考えてたんだから、別に予定は変わらないんじゃない?」

「馬鹿お前、背後に誰がいるか分からねぇんだぞ。その準備も兼ねて、俺達がペインとかいう奴を圧倒できるくらい強くならなきゃヤベーだろうがよ」

「馬鹿って言う方が馬鹿なのよ馬鹿! 大体ペインが待ってくれないんだから、死神現象退治の経験値稼ぎも無意味じゃない!」

「ふ、二人とも、落ち着いて……」


 リオンがあわあわと間に入ってやっと収まるが、二人が言っていることはどちらも正しい。背後で悠々と構えているであろう黒幕との対決を考えれば、【ココロのウタ】の研鑽は必須。しかし学校の状況も相まって、ペインとの対決を急がなければならないのも避けられない状況だった。


「ペインにも言えることだが、敵わなければまず撤退することも視野に入れればいい。こっちには寮っていうシェルターがある」

「そうですね。鳴護さんの言うとおりです。寮のプロテクトは万全ですから、騎士と言えど、超えることは難しいでしょう。それゆえ油断せず、着実に挑んでいくのが勝利への近道だと思います」

『油断せず、着実に……か』

「そのために、部活には相応の覚悟で挑んでくださいね」

「って言ったって、基本的には楽曲聞いてシェアポストを投稿するだけだけどね」


 どこかアンバランスな心地がする。けれども、その効果は折り紙付きだ。実際に力となっているのだから、手を抜くことは許されない。


「……ということで、ここでまたクイズです」


  【授業③】


「私、音枝レンリを含むボカソは『パソコンで音楽を作る』ソフトウェアです。それらを一般的になんと呼ばれているでしょうか?」


  【選択肢】

 ①「パーソナルコンピュータミュージック」

 ②「デスクトップミュージック」

 ③「ミュージックメイキングアプリケーション」


「正解は②の『デスクトップミュージック』です。頭文字を取って、『DTM』とも呼ばれています。要はパソコンのデスクトップ上で制作が完結する作曲スタイルということです。ボカソはその中でも、歌声を作ることに主眼が置かれたソフトウェアですね」

「ほへー。なんだかそう聞くと、プログラミングとか必要で凄く難しそうかも」

「実際はそんなこともないみたいですよ。先日お話したように小中学生で作曲している方もいますし、演奏できない楽器でも使用できるので、作曲の幅が広がる利点もあります。そのおかげで、ジャズにバラード、ロック、ポップス、エレクトロ。民族調曲や実験音楽まで網羅しています」

「そう言われたって、俺には滅茶苦茶途方もなく感じるんだが……」

「あーでも最近SNSでバズってる曲とかって、パソコン一台で個人製作したってものも多いし、知らないだけで結構身近なのかもね」

「コーラスや楽器の演奏を録音した音源を利用して作曲する『サンプリング』という手法もありますから、一から演奏できなくても音で遊ぶ感覚で挑戦しやすいという利点があったりもします」


 とはいえ、【ココロのウタ】を成長させる方法が作曲でなくて本当に良かったと、ユウは人知れず胸を撫で下ろす。ただでさえ作曲経験者や楽器演奏経験者がいないのだ。一丸となって挑んでいても、『ペイン』との対決云々よりも先に壁にブチ当たっていたことは想像にかたくない。


「作曲はちょっと無理だけど、あたし今度ダンス動画撮影したい!」

「いいと思います。直接作曲という形で関わらなくとも、派生創作で楽曲と関わっていけるのがボカソのいいところですから」


 息を巻くチハツの様子を見ていると、こちらまで元気が湧いてくる。言われてみれば確かに、作曲ではないのだから肩ひじを張らなくてもいいのだ。既にバズって振付の出来上がったダンスに挑戦したとしてもいいし、歌ってみたっていいのだろう。そう思うと気持ちが軽くなり、ユウにも「やってみたい」という意欲がむくむくと湧いてきた。


「だけど、やるのはペインをどうにかした後!」

「そうだな。まずは目下の目の上のたんこぶだ」

「目の上なのか下なのかハッキリしなさいよ」

「言葉の綾だ馬鹿!」

「馬鹿って言う方が馬鹿だって言ってんのが分かんないのね、この馬鹿ーっ!」

「どっちも同レベルの馬鹿だろ」

「なんだと⁉」「なにをーっ!」

「もう、三人とも……」


 やかましさは相変わらずだったが、こうしてペインとの戦いを前に、VFCは団結を新たにしたのだった。


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