JuveniLOiD2.0 -ジュブナイロイド・ツー-
羅田 灯油
【intro.】
『…………はぁ』
両親揃って海外への転勤で、しかも近くに預かれるような親戚もいないときて、急遽寮のある学校への転校へとなった。まさか二年の夏休み明けという中途半端なタイミングになるとは思いもせず、ぼやきそうになる唇を真一文字に引き直す。これから担任教師に案内されて、クラスメイトとの初顔合わせをするのだ。気は引き締めなければならない。
「――貴方が転校生ですね」
そして、新たな居場所となる二年A組の前に、その人影はあった。
「初めまして。このクラスの担任教師を務めております、
『え、あ……』
「これからよろしくお願いしますね」
音枝レンリだった。記憶が定かならば、間違いなく。
これが昔に顔を合わせた幼馴染との劇的な再会ならば、青春ドラマの一つでも始まりそうなものだったが、それはなかった。
音枝レンリ――名前と概要ならば覚えがあった。流行りのボーカルソフトウェアのキャラクター、いわゆるバーチャルシンガーだ。プロアマ問わず音楽制作に用いられているうえに、3DCGによるライブも開催されており、今やその人気は流行に敏感な若者のみならず、全世界に轟いているというのだから驚きだ。
……などということを思い浮かべている場合ではなく。
「どうかしましたか?」
『あ、いや……』
コスプレをしているとも考えられたが、そもそも担任がコスプレをするだろうか……というのは偏見かもしれないが、それでも使用されている素材が現実のものとは思えない。宇宙開発の最前線から持ってきたかのような質感に目を奪われ、転校生だとしても輪にかけてギクシャクとしたやり取りをしてしまった。これからお世話になる相手なのだ。なるだけコミュニケーションは円滑に運んでおきたい。小さく咳払いをして、『こちらこそよろしくお願いします』とだけ形式的に返した。
『…………』
……先に入室して転校生の旨を説明する音枝レンリの横顔を見つめながら、一人思案に耽る。そういうたぐいのドッキリかとも疑ったが、教室内の生徒達が向ける視線は大人の女性に然るべきもので、嘲笑や苦笑は一切見受けられない。どうやら音枝レンリであることは正真正銘の現実らしかった。あるいは、そんなけったいな幻覚を見ているのが自分だけか。
「どうぞ、入ってきてください」
『あ、はい』
真面目に促されて、ユウは現実に引き戻される。目を白黒させながら入室すれば、好奇の視線に晒されて反射的に顔が熱くなる。息を呑みつつ、黒板に名前を書き、自己紹介を口に出した。
『
【選択肢】
『この学園都市のことはなにも知らないので、教えてくれると嬉しいです』
『これから寮生活なので、良ければ遊びに来てください』
「君本さんの席は……窓際のあそこですね。お願いします」
てっきり廊下側になるかと思いきや、珍しく窓際の席が空いていた。そこに着席すると、やにわに隣の席の生徒が話しかけてきた。特徴的なチョーカーが目につく。伸ばした髪を緩く結んでいるが、軽薄な雰囲気はなく、むしろ凛々しい眉から人懐っこさを感じさせる風貌だった。
「俺、
『うん。こっちこそよろしく……あ、あの、』
「ん?」
彼に訊いてみれば、担任教師がバーチャルシンガーの少女である謎が解明されるのだろうか……?
探求心半分好奇心半分を胸に秘め、ユウは小声で問いかけた。
『君はあの先生、どう思う……?』
「どう思う……って、まあ結構な美人だとは思うけど? 実際人気あるしな。クラスメイトからの信頼も厚いし。俺の好みとはちょーっと違うけど」
『……そっか』
反応は至って普通だ。あくどく嘘をついている様子もない。
やはり謎は解けず、私語を慎むようにとの注意を受けて姿勢を直す。担任の話は既に別の話題に移ったようで、最後の注意事項を述べていた。
「あと、これは繰り返しになりますが、生徒は十八時以降、校舎に残ることは禁止されています。先日、耐震強度の確認をしたところ、ガス管の問題が発覚しました。普段生活する分には問題ありませんが、専門の業者による検査が入るので、放課後に部活動が終わり次第、速やかに下校するようにしてください」
方々から気の抜けた返事が返ってくる。放課後やることと言えば、まず荷解きをしなければならない。部活を覗き見るにしても長々残ることはないので、特に心配ないだろう……とユウは高をくくっていた。
「あ、そうだ」
『なに? 無弓君』
「トキオでいいよ。偶然とはいえ、隣になったよしみだ。休み時間になったらチャットのアカウント交換しようぜ」
『うん。いいよ、トキオ』
二度目の注意が飛んできて、ユウは今度こそ真面目に姿勢を正した。
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