【track.03】④



 同好会初めての活動を終えて、下校時間後はそのまま死神現象退治となった。地平線の辺りはまだぼんやりと明るかったが、学校は夜の闇が帳となって包み始めている。営みの光が遠くに見えた。


「――そういや気になったんだが、退治を始める前に訊いてもいいか?」

「はい、なんでしょうか」

「俺達は死んでる……そういう話だったよな。でも俺達に死んだ時の記憶もなけりゃ、死んだっつう実感もねぇ。それはどういうこった?」


 ダイキの呈した疑問はもっともだった。ユウにあるのは、この学園都市での記憶だけ……より正しく言うのであれば、確かな記憶は転校した夏休み明けからのものしかない。どこから転校してきたのか、それこそこれまでどう生活してきたのかも定かではなかった。他の仲間達も同様かは分からなくとも、生前とは異なる状態に身を置いていることは少なからず予想できた。


「死んだ記憶は意図的に封じられています」


 疑問は当然だと受け止め、音枝レンリは包み隠すことなく真実を述べる。


「言うなれば、死の記憶は見るだけで生命が再度断絶されるに匹敵するショッキングなものです」

「そ、そんなに……⁉」

「いやまあ、道理と言えば道理だけどさぁ……」


 リオンとムツハが蒼ざめるのも無理からぬ話だ。音枝レンリは「死を含めた記憶は皆さんのアイデンティティが秘められているものでもあります」と続ける。


「ですが、ショックによって皆さんが青春をまっとうできない危険性の方に重きを置き、私の独断で封印させていただきました。望むならば開示することも可能ですが……あまりオススメはできません」


 死の記憶という重大性から、音枝レンリはこれまで以上に神妙な面持ちだった。見たいと強く願えば見せてもらえるのだろうが、自分が一度死んだ感覚を再起するとなると、どうしようもなく足がすくむ。リオンとムツハも「ぼ、僕は……見なくてもいいかな……」「見る必要ないなら見なくていいっしょ……」と同意を示したが、とある人物もその頭数に加わったのはユウにとって予想外だった。


「私も……見たくはないな」

「えぇー、未散がぁー?」


 「ふっしぎー」と、チハツが明け透けな驚きの声を上げる。


「いの一番に『見る。すぐに乗り越えてやる!』とかなんとか言い出しそうな感じなのに」

「私だって……そんな勇者じゃないさ」


 英雄でもなんでもない学生ならば、至極まともな反応だろう。しかし出会った当初から死神現象もものともしなかった勇猛さは鳴りを潜め、しおらしくうつむいているミチルは、どこか彼女らしくないように感じられた。目の錯覚などではなく、か弱い少女の横顔をしていた。


「さあ、無駄話は後だ」


 そのかげった雰囲気を振り払うように、ミチルは果敢にも死神現象へと矛先を向ける。


「今日も死神現象退治――始めるぞ」


  【探索】


「あ、そうだ!」


 死神現象を退治している最中、やにわにチハツが素っ頓狂な声を出して手を打った。


「なんだよ、藪から棒に」

「今週末、このメンツでショッピングに出掛けない?」

「はぁー?」


 流石に唐突すぎる、とユウも思わざるを得なかった。チハツの思いつきに慣れているであろうダイキでさえ、間の抜けた声を漏らしてしまったほどだ。今の今まで緊張感を保っていた空気が白けていく。


「お前なぁ……どんだけ頭ん中お花畑なんだよ……」

「いいじゃない。折角の休みくらい、楽しんだってバチは当たらないでしょ?」

「だとしても今言うか……?」


 さもありなん。ムツハは素っ気なく切り捨てる。


「いいアイディアだけど、ボクはパ~ス。だってまだ昼間暑いもん」


 逆にミチルは呆れ返っている反面、人の悪そうな笑みを浮かべて肩を竦めていた。


「じゃあ今日無事に帰れたらその望み、叶えてやるよ」

「め、鳴護さん……それって、フラグ……」

「えーっ! それって簡単じゃない!」


 リオンの杞憂もどこ吹く風。チハツは自信満々に胸を張った。


「その根拠のない自信、どっから来るんだよ……またあのホワイトとかいうデカブツが出てくるかもしれねぇとか、考えたりしねぇのか?」

「というか、超絶合体レインボー! ……なんてのが来たりして~」

「ホワイトでもブラックでも超絶合体レインボーでも、なんでも来なさいよ。ズバーっと倒しちゃえば、そんなの関係ないでしょ!」

「……廊下で話をするのもいいですが、そろそろ休憩の時間ですよ」

「はぁーい!」


 音枝レンリが会話に耽る一同を見かねてか、休憩を促した。慣れた様子でチハツは手短な教室の扉を開く。今回は二年C組の教室だった。


「ああ、あたし達の教室じゃない」


 軽やかにステップを踏んで、チハツが自分のものらしい席に腰掛ける。いつもの傍若無人な休憩も、今回ばかりはお咎めなしだ。

 そんな丁度いいタイミングだったからだろうか、ふと思い立ち、ユウはチハツへと密やかに声をかけた。


『ねえチハツ、どうしてショッピングの提案をしたの? 気心知れた友達との方が、ずっと楽しい気がするけど……』


 ユウの脳裏に、トキオの姿がよぎる……正直に言えば、もしショッピングをしなければならないのだとすれば、ユウとて友人で気が合うトキオとしたいと思う。それはきっと、チハツだって同じはずだ。友達だと言っていたチカやルリという子達の方が、寮生という繋がりだけで性格も好みもバラバラなこの面子よりも、ずっと楽しめると思うのだ。

 ユウが投げかけた当然の疑問を、チハツは逆に疑問で返してきた。


「――このメンツでショッピング行っちゃいけないなんてこと、ないんじゃない?」

『え?』

「あたし、みんなでショッピングに行ったら、それはそれで凄く楽しめると思うんだけど」


 あまりにも当たり前に、チハツは言ってのける。


「だってさー、未散がどんなスキンケア使ってるのか気になるし、理音だってどんなファッション好きなのか気にならない?」

『それは……そうかもしれないけど……』

「え、ていうか侑だって、どんなもの好きかメチャクチャ気になるんだけど!」


 ぐい、と顔を近づけられて面食らう。チハツが社交的なのだろうことは知っていたつもりだったが、ここまで分け隔てないとは思いもしなかった。純粋と言い表せるほどの親しみを向けられて、ユウは『チハツは凄いな……』と素直に感嘆する。


「え? どこが?」

『普通はそんなふうに、誰かを知ろうと必死になることなんてないと思うからさ』


 宇宙人でも目撃したかのような渋面で、チハツは「えー? そう?」と首をひねる。


「だって勿体ないじゃない。こうしてなにかの縁で一緒にいるのに、お互いのことなんにも知らないままだなんて。ていうかあたし、友達は多いに越したことはないってタイプなんで!」


 ニカッと八重歯を見せて笑う様は、ここにはない太陽のようだった。


「だって――? !」

『――――』


 屈託のない破顔は、忘れかけていたものをユウに思い起こさせた――この世界が作り物だとしても、トキオが偽物の人間なのだとしても、だからといって青春してはならない道理はないのだと。


『チハツ……』


 なにが青春で、どうすれば楽しめるのか、それはユウにはまだ分からない。だとしても、気持ちが少し変わるだけでここまで晴れやかになるとは、思いもしなかった。


「だからさ、侑もちゃんと楽しみなさいよね? 転校してきたばかりだからって遠慮してないで、この学園都市全部を味わい尽くさなきゃ!」

『うん……そうだね』

「――おい、そろそろ休憩終わりだぞ」


 話に花を咲かせているのが目に見えていたのだろう。ミチルが気にかけて、休憩終わりを促してきた。そういえば水分補給もしていなかったと、急いでスポーツドリンクを傾ける。


「あ、そうそう! 未散ってばスキンケア、どこのメーカー使ってるの? 肌メチャクチャ綺麗だから気になるんだけど!」

「は? ドラックストアで安売りしてる、普通のハトムギ化粧水だぞ。聞いてどうする」

「はああああ~っ? なによそれ! ナチュラルボーンいい肌ってこと⁉ ちょっと、嘘ついてんじゃないでしょうね⁉」

「なんでこんなので嘘つく必要があるんだ」

「こんなのじゃないわよ! ムキーッ!」


 やかまし屋のチハツのおかげか、まだまだ賑やかさは続いていきそうだった。


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