ハロービルダー③
決していい気分とはいえないまま、ユウは放課後を迎えた。今朝寮で伝えられていた空き教室を訪ねれば、既に自分以外の寮生は全員揃っていた。ここからは気持ちを切り替えなければならないと、知れず拳を握り締める。人の気も知らず、放課後やってきたムツハは呑気にあくびをしていた。
「皆さん、揃いましたね。同好会についての話を始めます」
「そのことなんだが、」
音頭を取る音枝レンリに、ミチルが挙手した。
「『【ココロのウタ】を成長させるために、音枝レンリを知ることが大切』……それは理解できる。でもそれって、座学するってことだろ? なら一人一人が学べばいいだけで、別に部活でやることはないんじゃないか?」
「それも含めてご説明します」
音枝レンリはスマートフォンを操作し、とある画面を見せてきた。バーチャルシンガーがスマホを操作するという奇異な光景に夢見心地を感じつつ、一同は恐る恐るその画面を凝視する。
「皆さんには座学の他に、同好会のSNSアカウントを運営してもらおうと思います」
それはかの有名な短文投稿型SNSの新規アカウントだった。まだのっぺらぼうのアイコンの横にはしかし、しかと『新瀬学園高等部バーチャルシンガーファンクラブ』の文字が刻まれていた。
「……どういうことだ?」
ミチルが訝しがるのも無理はなかった。音枝レンリを知ることとSNSの運営が上手く結び付かず、リオンも頭上に疑問符を浮かべている。
「一人一人が学べばいい……その意見も正しいと思います。けれども『それを実際に発信すること』も含めて、音枝レンリを取り巻く文化でもあります」
「な~るほど。
「確かに発信するなら、一人だけじゃなくて手分けしてやった方が単純に数が増えるし、バズる可能性が増していいと思う! それならあたしも手伝えるし!」
SNSに親しみがあるであろうチハツが、親指をぐっと立てる。
「これから授業する中でも説明しますが、音枝レンリの文化は発信と受信、そして拡散が、プロアマ問わず今この瞬間にも行われています。その中でも使用楽曲を聞いてSNSにポストすることは、一番手短で簡単な参加方法と言えます……本音を言ってしまうと、私は歌うことはできても楽曲の作り方を教えることはできないので、自然とこの方法に帰結してしまうだけなのですが」
「作曲経験者は……この中にはいない、かな……?」
リオンが見回すが、各々が顔を見合わせるばかりで視線は宙を漂っている。作曲経験者もいないのであれば、無理にチャレンジするよりも質実剛健な方法と言えた。
「まずは授業の第一回目を行うので、その後に各々楽曲を聞いてみてもらえればと思います。あとお伝えするアプリをダウンロードすれば、そこからフリーバトルで模擬戦闘の体験もできます。是非ご活用ください」
送られてきたリンクからフリーバトルのアプリをダウンロードし、新瀬学園バーチャルシンガーファンクラブのアカウントをそれぞれログインする。まさかSNS運営が【ココロのウタ】の強化に繋がるとは思わず、意外な気持ちの方が勝ったが、これでホワイトのような強敵にも立ち向かえるようになるならば安いものだ。
決意を新たにして、ユウは音枝レンリの授業へと臨んだ。
【授業①】
「――早速ですが、クイズです」
音枝レンリが人差し指を立てる。
「私、音枝レンリはバーチャルシンガーと呼ばれていますが、その他にも『ボカソ』などと呼ばれています。この『ボカソ』とは、なんの略称でしょうか?」
【選択肢】
①『冒険的で科学的なソフトウェア』
②『ボーカルの仮想存在』
③『ボーカルソフトウェア』
「正解は……③の『ボーカルソフトウェア』です。最初の質問とはいえ、簡単でしたかね。ボーカルソフトウェアは人から抽出した声を加工して素材とし、合成することで歌声の制作を行っています。一方、歌唱用ではない朗読用ソフトや音声素材を創意工夫して歌わせる人もいますが、そのような場合にも類似概念として総合し、ボカソと呼称されます」
「けったいな奴もいるもんだな……」
「鳴護さん、そうご無体なことを言わないでください。探求熱心な努力家の方もいるんです」
そうは言いつつ、けったいなことは否定しない音枝レンリなのだった。
「最近では朗読用ソフトにもハミング機能が実装されて歌わせられるようになったりと、製品がユーザーに追いついたパターンもあります。公式が発信するものを授受するだけでなく、ユーザーサイドの発信も時には取り入れられるのが、ボカソ界隈の常なのです――音枝レンリはボカソ。基本のキですが、これを覚えてください」
「はぁーい」
「そしてボカソは音枝レンリだけでなく、数多くいます。製品として販売されているものだけでも数百種類……アマチュア製作の音源も含めると、それこそ星の数ほどあります。音枝レンリはその中の代表格と言えるでしょう」
少し上がった口角は、どこか自信に満ちていた。なんだか幼い子供が自慢している様に似ている。
「私の音声データの提供者は、声優の
――比翼連理。人と人が仲睦まじい様子の例えだ。別々の根から育った二本の木の枝が繋がったものを呼び、人と二人三脚で歩む様を思い描いて名付けられたのだろう。それは教師として生徒の指導に当たっている日々の姿からも窺い知れる。
『…………』
そんな彼女が、いかにして高校に未練を持った魂をこの世界に招き入れているのだろう……? 質問する勇気は持てなかったが、いつか明らかになるのだろうか? 疑問を抱きつつ授業は終わり、各々が動画サイトで楽曲を視聴してシェアする時間へと移った。
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