Landscape④



 ミチルは夜の校舎を歩いていた。誰もいない。窓から見えるグラウンドにもユウ達は残っていなかった。どうやら観念して寮へと帰ったらしい。ミチルに寄り添うのは窓から差し込む淡い月明かりだけだった。その静謐さは、棺の中を思わせる。

 世界でたった一人になったようないっときの安寧に、ミチルは耽る。


 ……しかし、その静けさも長くは続かなかった。


「■■、■■■■……」

「お出ましか」


 廊下の奥から、死神現象が現れる。一体、二体、三体。ヴェールをまとった骸骨は奇怪な音を鳴らしながら、ゆらりゆらりとミチルへと肉薄した。

 だが、それも遅い。


「轟け――ッ」


 一瞬だった。快刀乱麻と駆け抜けた【ココロのウタ】が死神現象を細切れにして、戦いはつぶさに終わりを告げる。圧倒的だった。

 だからこそ、ミチルにも余分なことを考えるだけの暇が生まれた。


「青春、か……」


 たまたま目を向けたグラウンドで、泣きじゃくっていたチハツのことが思い出される。先程実際にあったことだというのに、ミチルにとっては遠い夢の中の景色のように思われた。それこそ、チハツが執着していた『青春』とやらに関しても。


「青春なんて、私にはそんなものはなかった」


 チハツに誘われたショッピングも、結局はまやかしだ。仮初と言ってもいい。あくまで青春に似せただけのごっこ遊びでしかない。

 そして、ミチルが思い出した過去の記憶の中にも、青春らしきものはなかったと言える。あくせく誰かのために奔走するだけの日々だった。そこに楽しさがなかったと言えば嘘になるが、今にして思えば、しゃかりきになるだけの価値があったかは疑問が残る。


「私は、お前達が羨ましいよ」


 なにも考えず本能のままに襲うだけの死神現象に向けられた言葉だったのか、はたまた青春という不明瞭な概念に対して全力で邁進できるユウ達に向けられた言葉だったのか、それは誰にも分からない。ミチル自身にも分からないだろう。分からないまま、行き場のない感情をぶつけるべく、ミチルは【ココロのウタ】を奏で続ける。

 荒れ狂うドラムが特徴的で、だからこそ奇妙とも呼べるバラード。はち切れんばかりに音を暴れさせるメロディは、形容しがたいミチルの心象風景を代わりに表しているかのようだった。


「あれだけで諦めるようなタマじゃないだろうな、多分」


 思い浮かべるのはユウのことだ。最後負けた時も、その目には闘志が燃え盛っていた。決して諦めないという気丈な意志が消えていなかった――戦いはまだ、終わってはいない。

 ならば当然、近いうちにまた矛を交えることになるのだろう。ミチルはほくそ笑む。勝利を確信してではなく、なにもないと思われた自分に楽しみが残されているのだという事実に、図らずも笑みがこぼれたからだ。


「また来るなら――また叩き潰してやるだけだ」


 ――そうして、今宵もミチルは夜の学校で戦い続ける。

 混沌とした気持ちが晴れる時は、まだ来ない。


  ◇


○加上千初(カガミ・チハツ)

 死因は『病死』。小児性の難病だった。生まれつき病弱で学校にも満足に通えず、運動もできず、性格も今とは比べものにならないくらい暗かった。最期は青春を夢見て亡くなった。享年十五歳。SNSでインフルエンサーの投稿を見ることが青春の代替行為であり、青春に命を懸けるほどの執着と熱狂は死後の現在にも影響している。


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