【夜会話】ミチル
ミチルの部屋で談笑に耽っていると、ふと「好きな食べ物」の話になった。
「私は特にない……というか、好きなもの自体が特にない」
『え、流石にそれは嘘でしょ。チハツが言ってたよ。結構お高いシャンプーとコンディショナーとヘアオイル使ってたって』
「あいつ……余計なことを……」
舌打ちするミチルは「私の髪は適当なケアだと傷むし、傷むと絡むんだ。好きだからじゃない」
『でも。凄くいい匂いがしたって言ってたよ。好きじゃなかったら無香料のものとかを選ぶんじゃないかな?』
「ぐっ……」
さしものミチルも図星を突かれ、押し黙ってしまった。事実、ミチルのそばにいるとかすかだがいい香りがしてくる。それは気を遣っていなければ漂ってこないたぐいのものだろう。
『いい香りのするもの、好きなの?』
「まあ……嫌いではないかな……」
素直ではないが、さりとて嘘をついている様子でもない。食べ物とは別だが、好きなものなどないとつっぱねるミチルにしっかりそういったものがあるのは、ユウにとっては心穏やかになる情報だった。なんというか、人間味が滲み出ていると感じられるからだろうか。
『好きな香りはどんなもの?』
「強いものは……好きじゃない。華やかすぎるフローラルもだな。柑橘とかミントとかの爽やかな匂いの方が好きだ」
問い詰められては立つ瀬がないのか、ミチルは思いのほか正直に話してくれた。確かに、ミチルからする香りは凛としてフレッシュなものだ。
「そういうお前にもなんかあるんじゃないか? 私にだけ言わせて自分はだんまり、なんてさせないからな」
悪戯っぽく笑って、ミチルはずいと顔を突き出した。爽やかな香りがより色濃く漂った。
――他愛もない話をしながら、夜は更けていった。
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