【夜会話】ミチル



 ミチルの部屋に入った瞬間、鼻腔に感じ入るものがあった。だがヨガマットでストレッチをしている部屋の主と目が合って、『あ』と固まった。


「なんだ、またなにか用か?」

『いや、そういうわけじゃないんだけど……』

「なら勝手にしてろ。私はストレッチの最中だ」


 そう冷たく言い放ちながら、ミチルは大きく開脚した間に体を倒した。新体操の選手かと見紛う、かなりの柔軟性だ。ユウは決して体が柔らかいとは言えないので、少しぎょっとしてしまった。


『ねえ、それって趣味?』

「お前って、食事や睡眠を趣味って言うタイプなのか?」


 皮肉で返され、思わず顔をしかめる。ミチルは人に悪感情を抱かれることに対して無頓着なのだろうか、横目で確認しつつも、特にフォローや弁明はなかった。こうなると、こちらもそれなりに鋭く返したくなる。ユウは『じゃあなんでショッピングの約束に乗ったの?』と切り返した。


「暇だったからだよ。無趣味だからな」

『嘘。じゃなかったら、この香りはなにさ』

「柔軟剤だよ」

『それも嘘。そこにあるアロマストーンからでしょ』

「…………」


 さしものミチルも、弁慶の泣き所に指摘が突き刺さって言い淀む。思いがけない来訪に、隠す暇もなかったらしい。それとも、指摘されるとは思いもしなかったのか。


『いい香りだね』


 柑橘系とハッカが混じったような、底抜けに爽やかな香りだった。


「……無趣味ってのは嘘じゃないぞ。それも別に市販のものだ」

『市販のものでも、香りが好きなら趣味って言っていいんじゃないかな』

「……そういうものなのかな」


 どことなく、ミチルは自身の趣味に関して決めあぐねているような様子に見受けられた……もしくは、趣味を決めてしまうこと自体を躊躇っているような。


 ――他愛もない話をしながら、夜は更けていった。


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