【track.02】カガリビバナ

カガリビバナ①



 翌朝は散々なものだった。


 ――「貴方達が――


 なんかの冗談かと疑ったが、あまりにも深刻そうに蒼ざめた唇を震わせるのを見て、その疑念は払拭せざるを得なかった。


『だってなぁ……』


 図らずともぼやきも漏れる。なにせ、。音枝レンリは真実を告白しているのだと、馬鹿正直に信じる他なかった。


 そのような状態では安心して寝付くことも叶わず、寝不足気味になることも無理からぬ話だった。洗面所の鏡に映った顔の酷さに苦笑しつつ、身支度を整えたユウは朝食を摂ろうと食堂を訪れた。


「…………あ」


 そこには、今まさにトーストを頬張ろうと口をパカッと開けたダイキがいた。健康的な日焼け肌と黒髪を見て、少しだけ足元が踏み固まるような安定感を得る。


『ムツハは?』

「アイツ、半不登校だよ。去年は多少マシだったが、今はこの有様だよ。出席日数と試験の点数はどうにかしてるらしいが、こんな朝っぱらから出てくることの方が少ないな。そんなことがあったら雪でも降るんじゃねぇかな。それに比べて、未散は朝早ぇんだ。もう朝飯食い終わってジョギングしてるよ」

『そう……』


 ユウも席に着いて、手を合わせる。小さく頭を下げてサラダを食べ始めると、ダイキが話しかけてきた。


「お前……ユウは音枝レンリの言ったこと、どう思ってるんだ?」

『どう、って……どうだろ……』


 どうもこうもないのが実際といったところだ。信じられない話だが、さりとて音枝レンリが巧妙に嘘をついているとは思えない。かといって素直に信じられるかといえば、あまりにも現実離れしている。どっちつかずのまま、宙ぶらりんで朝を迎えたというのが現在の心境だった。


「そうだよなぁ……信じるにしたって、自分が死んだ気ぃしてるかっつったら、そんなことねぇし……というか死んでる気分ってなんだかなぁ……」


 加えて信じきれないのは、他にも理由があった。


「それに、『』ってよ。そっちの方が信じられないかもな。チハツの奴は『渋谷も新大久保も行けないの⁉』って半狂乱だったし。昨日はなだめるのに苦労したわ」


 【選択肢①】

『そうかも』

「そうか。まあ一番不自由を被るのはそっちかもしれねぇな」


 【選択肢②】

『そうかな?』

「まあ実際にデカいのは『死んでる』って方だからな。そう思うのも妥当か」


 とはいえ、新瀬は学園都市だ。衣食住が困らないレベルで賄える。学園都市の外がないのなら、それらがどこから補填されてくるのか疑問が湧いたが、考えても詮なきことだろう。とにかく、目下立ち塞がっている危機は、あの死神現象だった。


『ダイキはミチルと一緒に死神現象退治、するの?』

「俺は分かんねぇけど、千初の奴はする・しないに関わらず、あの【ココロのウタ】ってのを手に入れてでも外出するだろうからな」

『チハツとはどういう関係?』

「あ? ただの寮生仲間だよ。危なっかしくて見てらんねぇから、俺が勝手に世話焼いてるだけだ。変な誤解すんな」


 揃って夜に外出していたとあって、よもや恋人関係かと思われたが、実際はそう甘い関係性ではないらしい。『ふうん』と生返事をして、ユウはハムエッグを咀嚼する。


「ただまあ、千初を見かねて【ココロのウタ】ってのは手に入れるかもな……あとは自分の身を守るためにも」


 コーンスープを飲み干すダイキの返答は、至極地に足のついたものだった。一番現実的な答え、とも言えるかもしれない。大人だなぁと他人事のように考えながら、ユウもトーストをひと齧りする。

 丁度よく静寂が漂ったところを見計らったかのように、バタバタという慌ただしい足音が沈黙を破った。


「ね……寝坊したああああああああーっ‼」

「またか」

『また?』

「アイツ、寝坊の常習犯だよ。遅刻ギリギリでなんとかなってるけどな」

『なるほど』


 チハツが洗面所と自室を行き来する喧噪をBGMに、ユウはもくもくと朝食を食べ進め、チハツが食堂に着席する頃には最後の一口も食べ切った。

 ……なにはともあれ、今日も学校に行かなければならない。学生の本業をまっとうするべく、余裕を持って寮を出発した。


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