第25話 身辺調査
ホールデン家へと向かう、馬車の中──
私はルドル・ガリュードと、二人きりとなる。
────丁度いい。
私はこの男に、探りを入れてみることにした。
思えば私は、この男のことをよく知らない。
両親はコイツの事を信用し、私の護衛に付けた。
────でも商船で護衛をしていたという経歴以外の素性は、積極的に話さない。
社交界デビューしているとはいえ、私はまだ九歳だ。
話せないこともあるのだろう。
私はこの男の事を、良く知らない。
そして────
私もこの男に、話していないことがある。
それは、前世の事だ。
昔の自分の事は、話したくない。
誰にも、言うつもりはない。
私達は腹を割って話し合う機会がないままに、互いに秘密を抱えている。
私が『ヤコムーン』から、『天使』を差し向けられたのは、恐らく転生者だからだろう。
────そしてそれは、コイツも同様のはずだ。
私はそう考えていた。
最近ではそれに、少し疑問も感じているが……。
私にとってコイツは、『謎の存在』である。
前世のことを打ち明けた方が良いかもと思いながら、それが出来ないジレンマを、私は抱えている。
だから、この事態を打開するために、私は『相手の話を聞く』ことにした。
自分の事を話さないままに、相手のことを聞こうとする。
それは不誠実で、卑怯なことだと思う。
……。
…………。
でも、どうしても────
前世の自分の事を、知られたくは無かった。
私が前から、少し疑問に思っていたこと、それは……。
こいつは本当に、『転生者』なのかしら────?
と、いうものだ。
転生したのなら、私のように前世とは容姿が違っているはずだ。
でもこいつは、前世とそっくりな顔立ちをしている。
……おかしいわ。
私はコイツの中学生の時の姿しか知らないけれど、それでも解かる。
この男は前世で、同級生だった『あいつ』だと。
その時の姿で、この男はこの世界で生きている……。
……なんで?
……こいつの事を、もっとよく知りたい。
いえ、知らなければいけないわ。
私に対し、明確な敵意を持つミルフェラ・ホールデンが、攻勢をかけてきている。
私はもっと、コイツの事を知っておくべきなのよ。
そんな訳で、探りを入れてみることにした。
決して、興味本位という訳ではない────
私は調査を開始する。
コミュニケーションを取りつつ、相手の事を知ろう。
────まずは、そこからだ。
私は『今日のメニューは、何かしら────?』と、ルドルに話しかける。
以前ホールデン家にお呼ばれした時に出された料理を上げて、自分の好みの料理の話をする。
ホールデン家は侯爵家なだけあって、高級食材を揃え、豪華な料理を提供してくれる。……そして、ミルフェラがそれを自慢し、私を蔑む材料に使う。
私は彼女の皮肉を笑顔で受け流してやり過ごしていたが、料理自体は美味しかったので、じっくり堪能していたのだ。
────ここからさりげなく、話題を変えましょう。
「それで、────ルドル様は……どんな食べ物が、お好きなのかしら? ────そう言えば、大人になると味覚が変わるという話を聞きました。本当かしら? ルドル様はどうですか? ……子供の時、どんな食べ物が好きでしたか────?」
…………。
ちょっと、強引だったかしら────?
私が知りたいのは、この世界でのコイツの子供時代の話だ。
自分の事を語った後で、相手のことを聞く。
流れ的には自然だけれど、多少強引だった……。
「────子供の時の、好きな食べ物か…………。基本は何でも食ったな──美味そうに感じたものは、何でも、────と言っても大半は、魔物の肉だったが……そうだ! しいてあげるなら、林檎だな。あれは旨かった。一本の木になっている実を、葉っぱと枝ごと、夢中で食べた。……その後、死にかけたが……。────ああ、そうだ。何でも食べると言ったが、人は食わなかったぞ。不味そうだったからな」
……葉っぱ、人、魔物?
不穏な単語が、沢山出て来たわ。
────ほんと何なのよ、こいつ??
「……まあ、そうですの?────えっと、ルドル様は小さな頃から、逞しかったのですね──素敵だわ」
どの辺がステキなのかは、解らないが────
返答に困ったので、取り敢えず、無難に褒めておいた。
想定外すぎる答えが返ってきたので、これが精一杯の対応だ。
葉っぱや枝ごと、林檎を食べるって何────?
人を食わなかったって、『人を食べる』なんて選択肢、餓死寸前の人間にしか出てこないわよね?
……そんな状況に、陥っていたってこと??
────あっ!
ひょっとして、吸血鬼だから『人を食べる』=『人の血を飲む』という意味合いで言ったのかしら?
でも、不味そうだったって……。
────う~ん、謎ね。
まあ、ただ、コイツの幼少期が、過酷なものだったと知ることは出来た。
魔物肉というのは、帝都ではまず食べない。
私の故郷のような辺境の田舎に行けば、そういう食文化もあるが、貴族の食卓には上がらないものだ。
魔物肉ばかりを食べていたのなら、田舎生まれの平民だったということだろう。
……それに、林檎の木の枝や葉っぱを夢中で食べて、死にかけたなんて……よっぽどお腹が空いていたんだわ。
…………。
私も前世では、常にお腹を空かせていた。
父親が物心つく前に、事故で死んだ。
スナックで働く母親は、育児放棄気味だった。
『食事は学校の給食だけ』みたいな日も結構あった。
だから、空腹の辛さはよく分かる。
────でも、人の肉を食べてみようと、考えるほどでは無かった。
こいつは、人を食べなかったと言っていたから、吸血衝動を抑えながら、魔物の肉を食べて、林檎を葉っぱや枝ごと食べていたようね。
……。
……どんな幼少期よ、それ。
相手の事を知ろうとしたのに、ますます訳が分からなくなったわ。
馬車がホールデン家の、お屋敷に到着した。
これからミルフェラとの令嬢バトルが始まるが、コイツの奇想天外な過去を聞いて、憂鬱だった心が、また少し軽くなった気がする。
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