第50話 告白


 私が転生者であることを、あいつは、すでに知っている。


 そして────

 この会話の流れであれば、言えるんじゃないか? 



 この男にずっと、隠してきたことを…………。

 






 これは、一生できないと思っていた、『告白』をするチャンスだ。


 言う意味があるのか解らないし、言う必要のないことではある。



 けれど────


 私はきっと、ずっと言いたかったのだと思う。



 だから、言うことにした。


 この機会に、意を決して──── 


 



 

「すー、はー」


 小さく深呼吸……。



 決意が鈍らないうちに、私は語り掛ける。

 


「ねえ、ルドル……『あんた』もさ、転生者なんでしょ?」


「ん────? ああ、そうだ」



 こいつは、誤魔化さずに答えてくれた。

 

「よく分かったな、いや、『転生者』とか、『小学生』とかの単語を聞いたのだから、推測できるか……。前世で俺が、日本人だったということは────」



 どうやら、こいつは────

 前世で、『私と知り合いだった』ということまでは、まだ分っていないらしい。


 それに自分の姿が、前世の容姿と同じだということに、自分では気づいていないようだ。



 確認しておこう。


「あんたさ────前世の事は、どのくらい覚えてるの?」


「前世、か────前世の事は、ほとんど覚えていないな。転生する前に女神に会ったことは、うっすらと覚えているが……俺が会ったのは、ヤコムーンとかいう『まがい物』ではない、本物の神だ」



 私の喋り方が変わっているが、あいつは気にせずに会話を続ける。



「そうじゃなくって、あんたの、その見た目……前世のあんたと、そっくりなのよ────今のあんたの姿は、前世のあんたが、大人になったら、こうなるだろうなっていう、そんな見た目なの……」


「……そうなのか?」


 この指摘には、ちょっと驚いている。



 鏡とか、見ないのかしら──? 


 いや、ほとんど覚えていないと言っているから、前世の自分の見た目を忘れてるのだろう……。





 私は、話を続ける。


 『告白』の続きを────



「そうよ。見てすぐに解かったわ。────だって、そっくりなんだもの」


「……ん? 前世の俺の、知り合いだったのか……お前────?」


 うん、そうよ。



「私は前世で、あんたの同級生だったのよ……三年間、同じクラスだった。…………前世の事をほとんど覚えていないって言ってたけど、こう言えば、分かると思うわ。────あんたが中学生の時、『クラスで一番のブス』だった奴、…………それが私よ」


 ……。


 言った。



 言ってしまった────。


 言わなくても良いことなのだが、でも、心のどこかで言わなければと思っていたことを……。



 告白する勇気なんか、一生、出ないだろうと思っていたが────

 勢いで、言ってしまった。


 前世関連の話をされて、精神が不安定になっていたのかもしれない。



 

 あいつは前世の自分の姿も覚えていないようだから、私の見た目も忘れているかもしれない────


 けれど、『クラスで、一番のブスだった』という情報を伝えたのだから、私が転生者であることを隠していた心情も、なんとなくは分かると思う。





 ルドルは私の告白を聞いて────


「……そうか」


 と、答えた。





 その後で、何かを考えながら……。


 私の事を睨むように、ちょっと厳しい顔を作った。



 そして────


「……前世の知り合いだからといって、修行で手心は加えんぞ。────訓練中に気を抜いていれば、容赦なく尻を引っ叩くからな」

 


 あいつは、怖い顔を作りながら────

 『分かったか?』と言って、念を押してきた。




 ……。


 私の告白を聞いて、最初に出てきたのが修行の心配……。



 それを聞いて────

 私は嬉しくなった。



 前世のことを打ち明けても、あいつは変わらない。 


 ────変わらなかった。





 それどころか、ちょっとだけ、距離が縮まったように思う。


 毛嫌いされてしまうかも、とか、気持ち悪がられてしまうかも、と心配していた私は……肩の荷が下りたような、そんな感じがした。


 心に少しだけ、余裕が出来た。

 



 私は意識して、ちょっと生意気な笑みを浮かべる。


 あいつを、揶揄ってみたくなったのだ。

 



「あんたって、結構、エッチだったのね。……意外だわ」


 つい、こんなことを言ってしまった。

 


 

 あいつは、また険しい表情になる。



 そして────


「……いや、ぶん殴るわけにも、いかんだろ? ────尻叩きは、あくまで、修行の一環だ。……、ジャックの奴も、おかしな誤解をしているし……、尻以外のどこを引っ叩けって言うんだ? ────男なら、どこを殴ってもいいが……女の顔面をビンタするのもなあ……?」



 言い訳を、並べ立てた。


 それにしても、コイツには────

 打撃を加える、以外の選択肢は無いのかしら……?





「別にいいじゃない。男は女の尻を追いかけるものだもの。気にすることないわよ。────前世だったら、アウトだけど」


 調子に乗って揶揄う、私に向かって────


「いや、だから……、……セクハラで訴えるとか、言い出すなよ、お前……」


 憮然とした面持ちで、そんな冗句を口にする。




「どこに訴えるのよ、それ────?」

 

 私は少し笑いながら、そんなツッコミを返す。







 …………。


 ……。



 前世では、あいつと会話なんて、ほとんどしたことが無かった。

 

 いや、あいつに限定しなくても────

 まともに会話が出来る相手は、一人もいなかった。

 


 


 そんな私が転生して、あいつと再会して────

 こんな風に、友達みたいに軽口を叩き合えた。


 そのことを、嬉しく思う。




 嬉しさで、少しだけ涙ぐんでしまう。


 あいつに気付かれない様に────

 私は、さり気なく、その涙を指で拭った。





 『フィリス・ライドロース』は、初めて会った時から────

 たぶん、こいつに恋をしていた。



 それは────

 前世の私とは、また違った恋だと思う。


 でもそれと、素直に向き合うことが出来ずにいた。

 


 


 前世の私は、恋愛のスタートラインに立つことすら怖くて、参加する前に諦めていて……。そして、それは生まれ変わっても、変わらなかったのだ。



 今日ここで、あいつに秘密を告白をしたことで────

 私はようやく、スタートラインに立てた気がする。


 そして、走り出す。


 どこに向かうのかは、まだ分からないけれど……。



 


 私はこの男と、どうなりたいのだろうか────?


 まだ、よく分からない。


 だけど、こうして友達みたいに話せることを、とても嬉しと感じている。



 楽しい!


 心から、そう感じている。



 ひょっとすると、これが────

 私にとっての『恋愛』なのかもしれない。

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