第51話 地獄絵図
今日は私を誘拐しようと企む、第三王子との対決の日だ。
相手がどういう罠を仕掛けているのかは、すでに調査済みで、内容は判明している。
私はしっかりと朝食を取って、敵が用意したチンピラとの決戦に備える。
この日の為に、戦闘訓練を積んで、しっかりと準備してきたのだ。
これから、その成果をお披露目することになる。
────ちょっと、ドキドキするわ。
これを言ってしまうと、身も蓋もないのだが……。
お嬢様の私が、襲撃者と戦う必要はない────
第三王子ヤコマーダの用意した『敵』は、恐らく────いや、間違いなくルドル一人で、どうとでもなる相手だ。
だが、前世で因縁のある相手……ヤコマーダの用意した罠を、自分の力で打ち破るのは、私にとっては意味のあることだ。
それに、実戦経験を積む機会でもある。
生まれ変わった私は、ちょっと好戦的なのかしら────?
今すぐにでも、戦いたい気分だ。
奴らの用意した罠を、蹴散らしてやりたくて気が高ぶっている。
「お嬢様、お召し物は如何なさいますか?」
さて、これから私は王子様からの誘いで、観劇に出かけるのだけれど……。
「────ドレスは要らないわ。……戦闘服を用意してちょうだい!」
私はちょっと気取ったセリフを、キメ顔で言ってみる。
「キャ―!! カッコイーです、お嬢様っ!!」
「────んがー!!」
専属メイドの、ドヤコちゃんとンガ―ちゃんが褒めてくれた。
着用するのは、いつもの訓練着だが、『戦闘服』と言った方が気分が上がる。
動きやすいタンクトップに、ズボン、髪は後ろで一つにまとめて貰った。
よしっ!!
準備完了だわ!
馬車に乗り込んで、いざ決戦の地へ────
私の乗る馬車が、町の大通りを進む。
貴族の邸宅が建ち並ぶエリアを抜けて、大型の商業施設が軒を連ねる区域まで来た。
目的地の劇場は、この区域の外れにある。
────その辺りになると、裏通りは雑然となり、治安も悪くなる。
騎士団の目も届きにくく、スリなどの犯罪発生率も高い。
今日行く予定の劇場は、そんな商業区の外れにある。
貧民街に近くなり、治安も悪いので土地価格も安い。
その劇場で上映される演目は、宗教の教義を前面に出さないものが多い。
その為、面白いと評判ではある。
だが────
王子が令嬢を誘うような場所ではない。
ヤコマーダの目的は、私を誘拐することだ。
その目的で、場所を選んでいる。
…………。
……。
敵の企みはこちらの情報収集で、全て筒抜けになっている。
今回の誘拐計画を主導しているのは、エドワー・ヘンツという名の上級貴族だ。
エドワー・ヘンツは第三王子ヤコマーダの取り巻きの一人で、私と同じ小学校に通っていた転生者────
ヘンツ家は荒事を生業にしている『ヤン・リー』一家という組織の『元締め』をしているそうだ。
エドワーは父親に頼み込み、その『ヤン・リー』一家を動かした。
そのヤン・リー一家が『予定通り』の場所で、私達ライドロース一行を待ち構えていた。
位の高い貴族がバックについている犯罪組織は、騎士団も迂闊に手が出せない。
ヘンツ家は、ヤン・リーの後ろ盾をしている。
その代わりに、水面下の抗争でヤン・リーを自由に動かせる。
────という、共生関係が成立していた。
私が乗る馬車の行く手に、武装した二十人の男達────
彼らは、様々な武器を携えている。
道の真ん中に五人の男が出てきて、槍を構えた。
このまま進めば、馬が串刺しになる。
────馬車は止まらざるを得ない。
御者のジャックが、馬車を停止させる。
後方の路地の奥から男が十人現れて、馬車を取り囲んだ。
私達は馬車の前後を、不審者に包囲された。
────ここまでは、敵の計画通りに進んでいる。
前方に陣取る男達の中で、一番ガタイの良い大男が声を張り上げ、私達に要求を突きつける。
「俺の名はヤン・リー! ────このヤン・リー一家を取り仕切っている者だ!! 名前ぐらいは聞いたことがあるだろう。……大人しく娘を差し出せば、手荒なことはしないと約束してやる。だが、断れば、解っているな? ────さあ! 俺達と戦うか、降伏するか……十秒、待ってやるから、どっちか選べ!!!」
ヤン・リーが数を数える為に、口を開きかける。
だが、彼が声を出す前に────
ルドルの拳が、ヤン・リーの顔面に叩き込まれた。
ばごぉぉおん!!!!!!
良い音が、街に響く────
顔面を強打され、吹っ飛んだヤン・リーが、地面に倒れる。
その頃には────
ルドルがヤン・リーの周囲にいた十人の男を、棒で叩き殺していた。
ルドルに殴られた者の顔は、その圧力に耐えきれずに、ぐにゃりと凹み、そして爆発するように四散した。
あの男は一瞬で、敵の数を三分の二に減らす。
────圧倒的な強さだ。
これでも、まだ、あいつは本気を出していない。
馬車を取り囲んでいたヤン・リー一味は、みんな茫然としている。
何が起こったのか、理解が追い付いていないようだ。
……。
それにしても……。
『ヤン・リー』というのは、ボスの名前だったのね。
自分の名前を、組織名にしていたんだ……。
犯罪組織というのは、それが普通なのかしら────?
私がそんなことを考えている間に────
ルドルが残りの敵を、一人ずつ殴り殺していく。
「止めてくれ!」
────ドッ!
「こ、降参する!!」
────ドッ!
「た、助けてくれッ!」
────ドッ!
あの男は敵の命乞いを無視して、順番に殺してく。
「……容赦ないわね」
ヤン・リー一家の生き残りが、逃げ出そうと踵を返す。
逃げ出そうとした瞬間に、そいつの頭が吹き飛んだ。
馬車周辺は、血と肉片が飛び散っている。
地獄絵図だわ。
いつの間にか、馬車の周囲には、人だかりが出来ていた。
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