第52話 初めての実戦


 敵の殲滅まで、さしたる時間はかからなかった。

 

 圧倒的な戦力差である。



 ふふん! 

 どうかしら?


 私の専属護衛の実力は────? 


 凄いでしょ?


 

 ……と言って威張りたいくらいの圧勝だが、敵の粉砕された死体と血の海を見ると、そんな気も起きない。



 …………。


 それに、今日予定していたはずの、私の実戦訓練は────?







 そんな疑問を抱いていると、ルドルが最初に攻撃した敵のボス────

 ヤン・リーの元に歩いて行く。



 あいつは、顔面をぶん殴られて、瀕死状態の敵のボスの胸ぐらを掴み……片腕で持ち上げる。


 そして、回復魔法を使い、傷を治した。




 以前、私にかけてくれた自然治癒力を強化する『治癒魔法』ではなく、怪我を負った箇所を復元する『修復魔法』だ。


 ヤン・リーは、かなりえぐい傷を負っていたが、修復魔法をかけられて、顔面の損傷が瞬時に治る。



 ルドルは掴んでいたヤン・リーの胸ぐらを放し、解放する。



 



 傷が癒えた敵のボスは、地面に座り込んだまま、周囲を見渡す。



「……ぐっ、あっ……ぁああ…………はぁ、はぁ……」




 辺りの惨状を見回したヤン・リーは────


「わ、悪かった。……降伏する。────頼む、許してくれ……」

 

 即座に負けを認めて、降伏を申し出た。



 だが────


「……ダメだ。降伏は許さない」


 ルドルは、その要請を却下する。



 敵の降伏を拒否したあの男は、馬車の中にいた私を呼ぶ……。


「フィリス、出てこい。……実践訓練だ」








 ええっ!


 ここで、私────?



 馬車の周囲には、血やら肉片やら、ヤン・リー一味の装備していた武器やらが、無秩序に散乱している。


 あまり馬車から出たくはないが、降りなければ戦えない。



 私は覚悟を固めて、馬車を下りた。


 そして、改めて戦場を見渡す。


 …………ふむ。


 ……。


 足場にも気を付けて、戦う必要があるわね。


 そんなことを思った。






 

 私は脇を締めて、胸の前で拳を構える。


 ヤン・リーはルドルに促されて、渋々と、戸惑いながら私の前に来る。


 

 ────正直、私もヤン・リーも、テンションが上がらない。


 

 

 ルドルが敵を圧倒した後だ。


 もう、勝負はついている。

 



 ……う~む。


 ────ここは、気分を盛り上げる必要があるわね。


 せっかく用意して貰った、実践訓練の機会だ。


 私としても、有効に活用したい。








 私は少し離れた位置にいるヤン・リーに向け、ジャブを二発、シュ、シュッ! と打ってから挑発する。



「さあ、かかってきなさい、ヤン・リー! それとも、私に恐れをなして、動けないのかしら? ────周りを見て御覧なさい、皆があんたを見ているわ。……いいのかしら? 観客が、あんたの情けない姿を見て、笑っているわよ!!」


 

 ヤン・リーは周囲を見渡す────


 私が言った通り、やじ馬が集まっている。


 この辺りはヤン・リー一家の縄張りらしいので、知り合いの姿もあるだろう。




 ヤン・リーは、私に向かって怒気を放つ……。



 『舐められたら、終わり』


 犯罪組織のボスを長年務めてきたこの男には、それが染みついていた。



「この、クソガキ、がぁアアア!!!!!!!」


 ヤン・リーは大声で怒鳴りながら、私に殴りかかってきた。


 怒りに任せて、突進してくる。











 私が戦う相手は、大柄で体格の良い男だ。 


 対して私は、小柄で可憐な少女────



 体重差は、優に二倍以上はある。


 襲われれば、当然怖い。


 ────恐怖心はある。



 

 だが、ここ二週間の、戦闘訓練の成果だろう。


 私は状況を冷静に把握して、相手の動きを読んで対応する。




 ヤン・リーは右腕で、大振りのパンチを、上から振り下ろす様に放つ……。


 動きも素早いし、キレのある攻撃だが────


 読みやすい。




 ヤン・リーが私に攻撃しようと、動き出した時点で────

 動きは読めている。


 右腕で殴ろうとしているのが分かった。



 事前に行動が予測できれば、躱すのは割と簡単だ。




 敵がパンチを繰り出す。

 ────私は左側にステップを踏んで、移動する。


 ヤンリーが攻撃の軌道修正を出来ないタイミングで、避けることが出来た。



 私は移動しながら、敵の脇腹目掛けて、左フックを喰らわせる。


 ────ドッ!



 先ずは一撃、そして────


 姿勢を整えてから、続けて攻撃を放つ。




 左足のローキックで、ヤン・リーの、ふくらはぎを蹴りつける。


 ────ガッ!







「このッ……チビがッ!!」


 私の攻撃は、敵にダメージを与えている。


 だが────

 致命傷には程遠いわね……。



 大人と子供、男と女では、体重も体格も全然違う。




 


 私が正面から、先手で攻撃しても────

 きっと、受け止められて、動きを封じられるだけよね……。


 敵の攻撃を避けてから、反撃していくしかないわ。



 ────私は、そう分析して、実行している。





 ヤン・リーは左腕を振り絞り、拳を突き出そうとしている。


 私はその攻撃が来る前に、後ろ脚を引き、後方に下がる準備をする。




 ここで、同じ体格の相手なら────

 敵の攻撃の前に、右ストレートだったんだけど……。



 ────ブオッ!! 


 予想通りの、敵の攻撃が来た。




 私はバックステップで、後ろに下がっている。

 ────ヤン・リーのパンチは、私に届かない。


 反撃を繰り出す。


 敵の伸びきった手首に、ジャブを二発、叩き込む。



 肉付きの薄い、手首への攻撃────

 致命傷にはならなくても、ダメージは蓄積するだろう。




「このっ! ガキがッ!!」


 私の小賢しい戦闘スタイルに、ヤン・リーは業を煮やす。


 そして、大振りの回し蹴りを繰り出した。




 ────まともに受けたら、ガードしても、かなりダメージが入るわね。


 私はそう判断し、この攻撃も後ろに下がって避ける。


 


 大振りの攻撃の後……敵は隙だらけだ。

 

 反撃したい……。


 けど────

 相手と距離がある。


 攻撃を避けた後に、カウンターが出来ない……。



 ────体格と体重が違い過ぎる。


 不利過ぎるわよね、これ……。


 







 私は後ろに下がりながら、落ちていたナイフを拾う。


 襲撃者の一人が、装備していた武器の一つだ。




 ヤン・リーは、私に対して、蹴りが有効だと思ったのだろう。



 勢いよく近付き、距離を詰め────


 私の顔を狙って、右足を大きく振り上げる。




 その動きは、読んでいる。


 事前に右足を、右斜め前へと素早く動かす。


 私は、右足を軸にして────

 左足で半円を描くように九十度、敵の真横に移動する。


 

 敵の蹴りは、直前まで、私のいた場所を通り過ぎた。


 ────ヤン・リーの攻撃は、空振りになる。




 私の目の前には、右足を振り上げた大男がいる。


 そいつの左足の太ももに、私は拾ったナイフを突きたてた。



「えいっ!」


 ────ずぶっ!!!



「ぐぎゃっ!!」


 ナイフはヤン・リーのふとももに、深々と刺さっている。




 ────すぐには、引き抜けないわね。


 そう判断した私は、ナイフから手を放す。



 そして、両足を等間隔で広げたまま、後ろに下がった。


 練習で繰り返した、バックステップだ。



 ────上手く出来ている。



 ナイフでの攻撃で、敵に深手を負わせた。

 


 勝ったわね。がはは……。


 私は勝利を確信する。



 だが、ナイフで足を刺されたヤン・リーは、降参しなかった。


 降参するのではなく、ブチ切れた。




「ぐおおおおおおおッッッ!!!!!!!!!」



 雄たけびを上げて、襲い来るヤン・リー……。



 ……ゾクッ!!


 私は恐怖した。



 敵は痛みを無視して、襲い来る。

 ────怪我の悪化など、考慮していない。



「……くっ」


 その気迫に、私は気圧される。

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