第53話 戦いの決着と、その後


 厳つい顔の大柄な男が、ブチ切れながら襲い来る。


 その敵の気迫で、私の緊張が一気に昂った。




 ────ぞわっ!!


 死を意識させられたことで、恐怖心が増大した。


 そして、恐怖によって、高揚した精神は────

 死に物狂いで、この窮地を脱しようとする。


 『火事場の馬鹿力』と言われる状態になった私は、リミッターを外し、潜在能力を十全に引き出した。


 







 敵はダメージ覚悟、防御を考えない『捨て身』で迫ってくる。


 ────小柄な少女にとっては、最も厄介な戦術だ。



 だけど、私は一歩も引く気は無かった。


 それどころか、襲い来る敵に対して一歩、前に踏み出す。



 死を意識した危機感の中で、私は────

 敵のプレッシャーに負けない様に、闘気を漲らせ、拳に込める。




 そして私は、ヤン・リーの、みぞおちに、闘気を宿らせたアッパーを打ち込んだ。


 

 ドゴッ────!!!



 なりふり構わずに、突進してきた敵に対して────


 私の繰り出したパンチは、効果的なカウンターとなった。




 敵の身体を、衝撃が貫く────


 闘気を纏った拳は、強度が上がっている。

 その拳で、敵の急所を抉った。




「ぐっ、……ごほっ!!」



 硬い物で殴れば、それだけ相手の身体に与えるダメージも大きくなる。




 ────勝負あった。


 私は拳を引き抜き、身体を翻す。




 ドサッ……。


 意識を失ったヤン・リーは、地面に倒れ伏した。





「ふぅ……」


 私は一息ついた後で、周囲を見渡す。



 戦いを見物していた観客たちの、驚いた顔が並んでいた。




 ……ふむ。


 注目されて、いるわね……。




 ちょっと、いい気分だわ。


 ────サービスしてあげましょう。



 私は拳を、空へと突き上た。


 やじ馬たちに向けた、勝利宣言だ。



 ……ふふん! 決まったわ。


 私はドヤ顔で、やじ馬を見渡す。





「…………」


 暫しの、沈黙の後────


「うぉぉおおおおおぉぉぉおおおおおおお!!!!!!!!」


 観客たちから、拍手と喝さいが巻き起こる。



 称賛を浴びる私の傍らに、いつの間にかルドルが立っている。



「どうかしら? ────師匠」


「……まあ、合格だ」


 そう言って、褒めてくれた。




 私は嬉しくなって、『にへら』と笑う。


 世界一の美少女の、ウルトラ・レアなニヤケ顔だった。








 ◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆




 辺境伯ライドロース家の令嬢が、ヤン・リー一味に襲われたと通報があり、騎士団が現場へと駆けつけた。



 しかし、その時には、すでに事態は収束していた。


 ────襲撃者は撃退され、全滅していた。

 そして、襲われたライドロース家のご令嬢は、屋敷へと帰還していたのだ。





 今回の事件の被害者、フィリス・ライドロースは、その日、ヤコマーダ王子と演劇を鑑賞する予定だったらしい。


 劇場へと馬車で移動中に、令嬢は不測の事態に見舞われる。

 ヤン・リー一味という犯罪集団に、馬車を取り囲まれて誘拐されそうになった。



 しかし、護衛によって、暴漢は撃退された。


 幸いなことに、令嬢の身に怪我は無かったらしい。



 不確かで、無責任な、市井の噂では────

 辺境伯令嬢が自ら犯罪組織のボスと戦い、撃退したという話が広がっている。


 ……。


 …………。




「ホントなんですかね? あの噂……」


「辺境伯のお嬢様が、ヤン・リーを素手でやっつけたって奴か? ……ある訳ないだろ、そんな事……」


「────ですよね。魔法を使えば、可能でしょうが……使用記録は、残っていませんしね」


「いや、状況にもよるが……。そもそも、魔法を使ったって、一人じゃ勝てねーよ。────使う前に、ボコられて仕舞いだ」


 …………。


 ……。






 フィリス・ライドロース一行は、襲撃者を撃退後、王子にキャンセルの使いを出し、騎士団が到着するより前に、現場を離脱していた。




 ────犯行現場は、血まみれだった。


 しかし、不思議なことに、犯罪者の遺体は一つも無い……。


 現場には、襲撃者のものと思われる大量の血痕と、武器だけが散乱していた……。


 


 さらに、今回の事案と関連した、不可解な事件が発生する。


 上級貴族『ヘンツ家』の、邸宅の前に────

 いつの間にか、首無しの死体の山が築かれていたのだ。

 

 その山の頂上には、ヤン・リーという名の犯罪組織のボスの首だけが、ぽつねんと乗っていた。

 

 …………。


 ……。





「まあ、無責任な噂の真偽はともかく、────この目の前の、死体の山は……本物ですよね」


「……ああ」


 

「これの処理を、俺たちが、やるんですか────?」


「そうだ」



「俺はこんなことする為に、騎士団に入ったんじゃありませんよ……」


「────気が合うな、俺もだ」



「やらなきゃ、駄目ですかね?」


「命令だからな……」



 二人の騎士は雇い入れた労働者を指揮して、死体の山の片付けに入った。


 


 ◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆





 第三王子の策略を退けた翌日────



 私が暴漢に襲われた事件を、聞きつけた貴族の子弟が、大挙して、お見舞いに駆けつけてきてくれた。


 その為、その日は来客の応対に、追われることとなる。



 来客の相手で、一日が過ぎた。


 ────美少女をするのも大変だ。





 今回の事件の首謀者────

 第三王子たちは、見舞いには来なかった。



 ヤン・リー一味の遺体は、ルドルが風の転移魔法を使い、黒幕の家の前に運んでおいたそうだ。


「それが、狙い通りに、無言の脅しとなっているのでしょう」

 

 セレナがそう推測した。



「それでも────政治力のある人物なら、真っ先に、お見舞いに来るでしょうが……」


 と、ジャックが言う。




「何も知らない第三者を演じて、敵情視察ですわね!」


 ラシェールも、ジャックに同調する。 




「彼らは、そこまで面の皮が厚くは、なれなかった。────ということでしょうか?」


 ドヤコちゃんが推論を述べる。




 いや、違う……。



 それ以前に、彼らは────

 

「自分たちが『悪い事』をしているという、自覚がないのだと思いますわ」


 私は、そう推理する。



 だから、取り繕わなければ、という発想も出てこないのだろう……。








 今回の騒動は、つまり────


 子供の、無邪気な遊びだったのだ。


 

 その遊びで、五十人以上の人間が死ぬことになった。





 ルドルは事前に調査して、ヤン・リー一味の構成員を、すべて把握していた。


 今回襲撃に参加していなかった者達も、きっちり始末している。




 ヤコマーダと、その取り巻き達は子供だ。

 だが、子供とはいえ、権力を持っている。


 権力者の気分一つで、大勢の人間が動く。




 彼らが、敵の実力を見誤った結果────


 上級貴族お抱えの、犯罪組織が一つ、この世から消えることとなった。

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