第54話 ちょっぴり、幸せな気分で

 その日の夜、私の前に『ベル』が現れた。

 ルドルからの呼び出しだ。


 

 私の身体がそよ風に包まれて、僅かな浮遊感を感じる。



 次の瞬間には、景色が寝室から、緑豊かな自然に切り替わっていた。


 ────ここはルドルの構築した、異空間だ。




 私はテラスに入り、椅子に座っている、あの男と対面する。


「呼び出すのは良いけどさ、なんで寝る前なのよ? ……ひょっとして、私のセクシーなネグリジェ姿が、目当てなんじゃないでしょうね?」



 ────私は初手で、かなり攻めた。


 あいつをジト目で睨みながら、小生意気な軽口を叩く。

 

 ヤン・リーとの決闘に勝って、まだ精神が高揚していたのかもしれない。



 ────端的に言うと、調子に乗っていた。


 あいつのことを、『おちょくって』やりたくなったのだ。




 ……っ!!

 

 あの男の姿が、掻き消える。



 消えたと思ったら────


 パァァアンンッッッ!!!!!




 私の尻に、鋭く重い衝撃が走る。


「────ふぎぃん!!」






 

「……調子に乗るな」



 ────怒られた。


 ……確かにちょっと、浮かれてしまっていたわ。



 私は尻をさすり、反省する。


「……ぅう、ごめんなさい」





「────話がある。とりあえず座れ」


 あいつは私の頭を、優しくポンポンと叩き、椅子に座るように促す。

 

 まだ少し、ヒリヒリする尻を撫でてから、着席した。




 ルドルが、お茶を出してくれる。


 話が長くなるのかしら……?

 

 私はそう思いながら、あいつの入れてくれた、お茶を飲む────












 私を異空間に呼び出したルドルは、少し言いにくそうに────

 

「例の、王子たちの事だが────」


 と話を切り出した。



「奴らはまだ、誘拐計画を諦めていないようだ。────なんとかして、お前の身柄を抑えようと画策している」




 ……は?


 私は一瞬、『きょとん』として、それから、世界一可愛い顔を、『うげぇ』と歪めた。

 


「あんなに人が死んで、こっちの実力も分ったでしょうに……まだ懲りてないの? あいつら────」


「……奴らは、直接、戦いを見ていないし、死体の山も見てはいない。……情報として、『犯罪組織の壊滅』は知っているが、大したことだとは捉えていない」



 ……馬鹿なんじゃないかしら?

 私はそう思ったが、口を挟まずに、ルドルの話を黙って聞く。



「────現場を見ずに、安全な場所から命令しているだけだから、危機感がないのだろう。……、そこで、なんだが────この件に関して、『別の対処』も考えている」



 ……コイツにしては、歯切れが悪いわね。

 

 別の対処……?





「王子たちを、この世界呼んで、話を付ける。────奴らを強制的に、ここに連れてくることは可能だ」


 ……ベルの能力があれば、可能よね。


 ルドルは話を続ける。


「────仲間内だけで話をしていると、気が大きくなるし、視野も狭くなる」


 それは、なんとなく分かるわ。


「ここで、お前と直接、話をすれば────奴らも、自分たちのしていることを、客観的に、認識するかもしれない。…………我に返り、馬鹿な真似を止める可能性はある」



 …………。


 ……そうね。



 確かに、そうかもしれない。



 それで、あいつらが、私にちょっかいを掛けるのを、止めるかもしれない……。


 けれど、私は……。


「…………無理よ。話したく、ない」 






 

 私は生まれ変わって、ようやく、前向きに生きようって思うことが出来た。



 前世の自分が抱えていた、ちっぽけなプライドと拘りに、折り合いをつけた。



 それで、やっと、コイツと正面から、向き合うことも出来た。


 ……でも、それは『ルドル・ガリュード』とだけだ。




 ────あんな奴らと、わざわざ、向き合いたくなんかない。








「なんで、あんな奴らと────転生してまで、会わなきゃいけないのよ」


「……そうか」


 …………。


「怒らないの? ちゃんと、向き合えって……」



「……相手は王子だ。────話し合いで解決する余地があるのなら、ちゃんと交渉するべきではある」


 そうよね、だったら────


「…………けれど、────まあ、お前には、俺が付いてるからな。────気が乗らなければ、無理をする必要はない」




 ……っ!!


 『お前には、俺が付いてる』


 あいつの、その言葉を聞いて、私の顔は瞬時に真っ赤になる。



 ……まるで、瞬間湯沸かし器だ。


 恥ずかしい……クソッ!


 これじゃあ、私の感情がモロバレじゃない!!





 私はそれを誤魔化すために、少し大きめの声で愚痴を言う。


「本当に面倒よね。前世の知り合いの転生者って────厄介でしかないわ! ……しかも、四人もいるんでしょ? なんで、そんなにいるのよ。……もうっ!!」


 私の愚痴に、あいつは付き合ってくれた。



「『前世の知り合い』ではないが、他にも転生者はいるぞ。俺が知っているだけで、二人いる」


 ────えっ、そうなの?


「一人は俺が護衛していた、商隊のリーダー『ライル・クラウゼ』……ラシェールの父親で、ヤト皇国の辺境伯でもある人物だ」



 そうなんだ。


 ラシェールのお父様が……。


「もう一人は歴史上の人物、『デリル・グレイゴール』──こいつが残した日記に、そのことが書いてあった」




 ええっ────!!


 デリル・グレイゴールといえば、裏歴史の重要人物じゃない……。


 フロールス王家を、こっそり存続させてくれた恩人として、我が家で代々語り継がれている人物でもある。



 転生者、だったんだ……。


 ────驚きである。



「日記って、どんなことが書いてあったの?」


 裏歴史好きとしては、興味があるわ。



「……たしか、前世で、娘を残して死んだらしい。────奴は転生の女神に気に入られたようでな。『娘の事をお願いできませんか──?』とかなんとか、ダメもとで頼んだそうだ。……その時のことを、唐突に思い出した。だから、忘れないうちに書いておく────みたいなことが、日記に書いてあったぞ」



 ルドルは『デリル・グレイゴール』の逸話を、色々と聞かせてくれた。



 デリル・グレイゴールは史上稀にみる策略家で、高潔な知将として裏歴史で語り継がれている人物だ。


 だから、とても知的で、思慮深い人だと思っていたけれど────



 話を聞く限り、かなり馬鹿っぽい奴だった。



 

 ────でも、意外と、そんなものかも知れない。


 歴史上の、偉人の実像なんて……。





 こいつだって、思ってたよりもエッチだったし────


 いや、まあ、それは良いのよ?


 男なんだし……。



 まったく興味を持たれなかったら、それは、それで悲しいし……。




 いや、でも、エッチなことをして欲しいとか、思っている訳ではない!


 ────なんというか、そんな気分にはならないのだ。


 ……。


 思考が、こんがらがってきた。







 落ち着くために────

 私は広大なこの世界の、自然を見渡す。



「良いわね、自分専用の世界があるなんて……。どうやって創ったのよ、これ────私も欲しいけど……、無理よね」


 私は素朴な疑問を、口にする。


 こんなの、どうやって創るのか……見当も付かないわ。

 


「この異空間か────別に難しくは無いぞ。……魔力が多ければ、自然と創れる」



 ────ええっ?


「────そうなの?」


 そうは、言うけど……。

 

「多ければって、どのくらいよ?」



「具体的には解らんが、……そうだな。────保有魔力が増えて行けば、ある時、魔力を自分が保有しているのではなく、────自分が自然の一部と化したような……そんな錯覚に陥る時がある」


 ふむ、それで?


「────自分が自然の中に溶け込んでいく、そんなイメージを繰り返しているうちに、いつの間にか、これを創っていた。────時間はかかるが、お前にも、創れる時が来るだろう」




 ────本当かしら?


 自分専用の世界をイメージしていたら、いつの間にか出来ていた、みたいな感じかしら────?


 う~ん、よく分からないわ。




 でも、まあ──

 私が自分用の異空間を作れたら、その時は……。


 真っ先に、こいつを招待してあげましょう。

 

 

 

 

 ルドルの創った異空間から、自室へと戻される。


 戻ってすぐに、ベットに横になって眠りにつく────

 


 あいつと沢山、喋れたからだろう。

 

 第三王子のせいで最悪だった気分が、嘘のように落ち着いて、安らいでいる。

 


 今日はぐっすり、眠れそうだ。



 ────おやすみなさい。


 私はちょっぴり幸せな気分で、眠りについた。

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