第2話 私は異世界に転生した



 私は、目を覚ました。


「……うっ」


 ────眩しい。

 世界は光で溢れている。




 私に見える世界は、ぼんやりとしている。


 時折、視界に人が映るが、輪郭がはっきりしない。

 

 誰かに持ち上げられて、抱っこされる時もあった。

 何か言葉をかけられているが、何を言っているのか判別できない。



 身体を自由に動かすことも、喋ることも出来ない────


 でも、危機感は感じない。

 赤ん坊とは、そういうものだ。


 焦って何かをする必要などない。







 私は転生した。


 前世の記憶も、自分が転生者だと言う事も覚えている。


 

 ────だが今は、まどろみの中にいる。

 目を覚ましている時でも、世界はぼんやりとしていて、焦点が合うことは無い。



 ……。


 …………。


 私は何も考えずに、睡眠と覚醒を繰り返す日々を送る。



 ──── ── 


 ──────── ──── ──

 ──────── ──── ──── ──

 ────────────────  ──── ──── ────────






 ────生後、三か月。


 私はすでに、ハイハイが出来る。

 言葉も理解できるし、喋ることも可能だ。


 三か月でこの成長は、かなり速いほうだろう。



 転生の女神様が、ちょっとだけ特別扱いをしてくれると言っていた。


 これがそうなのだろう。



 生まれ変わった私の頭脳は明晰で、運動能力も優れていた。


 私には、『前世』という比較対象があるから断言できる。 


  

 生まれ変わった私は、とても『才能』に溢れている。

 能力の高い人間だ。


 

 そして、────

 なにより私が、嬉しかったのが……。










「フィリス、おはよう。────今日も可愛いわ!」



 柔らかな雰囲気の美人が、私を見つめて朝の挨拶をする。


 私の母親、『ケイティ・ライドロース』だ。



「私にも見せておくれ、ああ、本当に可愛いな。────まるで花の妖精のようだ」


 母親と入れ替わるように、キリッとしたイケメンが私の視界に入る。


 私の父親、『ジェフリー・ライドロース』。

 


 私の両親は、美男美女のカップルだった。

 ────それが何より、嬉しかった。

 


 この二人の子供ならば、私はきっと美人に成長するだろう。


 父親も母親も、すでに私の事を可愛いと褒めてくれているが、赤ん坊の段階だと親は皆、そう言うと思う。


 ────前世の私のような例外もあるかもしれないが、親は子供を可愛いと言うものなのだ。


 だが、両親が美男美女であれば、高確率で私も美人になれる。


 美人に生まれたことを、私は喜んだ。






 転生の女神に出会い、私はようやく人と平等になれた。

 

 女神への感謝は変わらない。


 だが、生まれ変わった私は、この世界で、人の社会の中で生きていかなければならない────


 人と係わり生きていくのであれば、容姿は重要だ。

 第一印象が大事なのは、どこの世界でも同じだろう。


 

 美人であれば幸せになれるとは限らないが、少なくとも、美人であれば最初から人に見下されるようなことは無い、と思う。






 私の事を抱き上げて、語り掛けてくる両親に向かって────


 『あー』とか『うー』とか言って、答える。

 その度に、二人とも喜んでくれた。





 私がすでに言葉を理解し、喋ることが出来るのは内緒にしている。

 ────成長が早すぎると、不気味に思われるかもしれない。


 そんな心配をして、私は年相応の赤子の振りをする。

 


 両親の溺愛ぶりを見るに、心配のし過ぎのようにも思う。

 だが、前世が前世だけに、ここは慎重に行きたい。


 

 母親に抱かれて暫くすると、私は眠くなり、瞼を閉じる。

 頭脳は明晰でも、身体は赤ん坊だ。


 すぐに眠くなる。


 母親はゆっくりと、私をベットに寝かせてくれた。



 ────焦る必要はない。

 年相応でいて良いのだ。


 私はウトウトし、眠りに落ちた。



 



 

 ────生後、半年が過ぎた。


 六か月も経つと、ハイハイを隠すこともない。

 ちょっと成長が早いので驚かれるが、この程度は誤差だろう。


 私は堂々と、四つん這いで部屋を歩き回る。




 この頃になると、私はこの世界に『魔力』があることに気付く────


 正式名称が魔力かどうかは分からないが、目には見えない透明なエネルギーがあり、それを操ることが出来る。


 きっと、これは魔力だわ。 

 私はベットに寝転びながら、その透明なエネルギーを手に集める。


 

 ────使ってみましょう。

 私は手の平に集めたエネルギーを、火に変えようとイメージしてみた。



「……ん~、こう、かしら────?」


 ……。


 しかし、何も起こらなかった。

 私の集めたエネルギーには、何の変化もない────


 ……おかしいわね。

 手の平の上のエネルギーは、私のイメージに従って蠢く……。

 その姿を変えようとしている気配はあるのだが、変わらない……。



 魔力の使い方が分からないわ。

 ────いきなりの挫折である。



 私は落ち込んだが、すぐに気を取り直す。



 まだ赤ん坊なんだし、気にすることは無い。

 この世界に魔法があるのなら、その内、使い方を習うわよね。


 そうよね。


 焦る必要はないわ。




 魔力を操作していたせいで、疲れが溜まっている。


 眠くなる。

 私は目を閉じて、眠りについた。







 メイドさんに絵本を読んで貰えるようになり、文字もだいぶ覚えることが出来た。


 私専属のメイドの名前は『セレナ・ロレーヌ』、年齢は十歳くらいかしら?


 彼女は祖先は貴族の血筋の者で、魔法が使えるそうだ。 

 セレナは水魔法の使い手らしい。



 彼女に連れられて、家の中を探検する。


 私の生まれた家は、御屋敷と言っていいほど広い。




 使用人も沢山いた。

 私の両親は高い地位で、裕福な家に暮らしている。


 薄々は気付いていたが、私は貴族の娘だった。




 セレナと一緒に、家の外に出たこともある。


 私の住む屋敷は丘の上にあり、外に出ると、辺り一帯を見渡すことが出来た。

 

 丘の下にちょっとした町があるが、その外は麦畑が広がる田舎だった。



 父はこの町を治める貴族で、私は領主の娘だ。




 私の名前は、『フィリス・ライドロース』。

 この地方を治めている、ライドロース辺境伯の孫である。


 兄弟は、年の離れた兄が一人いる。

 今は帝都で社交に励む年齢らしく、家に居ない。


 まだ会ったことのない兄……。

 正直、会うのはちょっと怖い。

 

 前世では母親と二人暮らしだったし、友達が一人もいなかった。

 ────ちゃんと仲良くなれるか、不安だ。






 目を覚ますと、部屋が暗かった。

 どうも私は、夜中に目覚めることが多いように思う────

 

 赤ん坊というのは、そういうものなのだろうか?

 そう言えば、前世では『夜泣き』という言葉があった。

 

 赤ん坊は夜に泣く……。


 そういうものなのだろう。

 私は泣かないが……。





 ベットから降りて、歩き回るような時間でもない。


 私は退屈だったので、魔力を使って遊ぶことにした。

 そうすれば、すぐにまた眠くなるだろう。



 両手を天井に向けて伸ばし、手の中心に魔力を集める。


 集めた魔力を粘土の様に捏ねて、姿を変形させていく。



 

 ひとしきり、魔力を捏ね回した後は、魔力を中央に押し込める。


 ぎゅっと圧縮させて、体積を縮める。



 魔力はイメージで操作する。

 私は魔力を圧縮して『石』を作るイメージで、魔力を凝縮させる。



 限界まで圧縮したら、再び魔力を供給して、それをさらに圧縮する。





 毎晩そんなことを繰り返して遊んでいたら、ある晩、メイドのセレナに遊びの現場を見られてしまった。


 部屋に入ってきた彼女は、私の練り上げた魔力を見て……。


 ────ガコン!


 手に持っていた、桶を落とした。


 桶に入っていたお湯が、床に少し飛び散る……。






「お、お嬢様……」


 どうやら、驚かせてしまったらしい────


 

 赤ん坊が魔力を操っているのが、珍しかったのだろう。

 セレナの顔を見ると、かなり驚いている。


 …………。


 ……。



 ────驚くというよりも、怯えていると言った方が正確だろうか?


 彼女の顔には、恐怖が滲んでいる。



 ……。


 ……マズいわ。



 私はなにか、やってしまったようだ。


 動き回ったり、言葉を喋ったりするのをずっと控えていた。

 普通の赤ん坊を、これまで演じていたのに────



 赤ん坊が魔力を操るというのは、早すぎたようだ。

 それを見られてしまった。



 私は慌てて魔力を霧散させるが、時すでに遅しである。



 これは……。


 どうやって、誤魔化せばいいのかしら?

 

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