第3話 早く大きくなりたい
「あの、……これは、その、違うのよ、セレナ────あっ!」
何か言い訳しようとして、つい言葉を流暢に喋ってしまった。
生後半年で、これだけ喋ることが出来るというのは……。
いくらなんでも早い────
せっかくこれまで、普通の赤ん坊の振りをしてきたのに、これで台無しだ。
生まれ変わった私は、とっても賢いはずだ。
なのに、こんなミスをしてしまうなんて……。
しかも、魔力を操っていた言い訳は、まったく思いつかない。
セレナは照明用のカンテラを、部屋の固定具に掛ける。
それから、廊下に顔を出して、左右を確認し、ゆっくりと部屋のドアを閉めた。
それから、オズオズとこちらに近づいてくる。
「お、お嬢様……。もしかして、とは思っておりましたが────もう、言葉を理解しておられるのですね? ……それに先程の、視認出来るほどの、恐ろしい量の魔力を操っておられる…………ひょっとしてお嬢様は、『吸血鬼』なのでしょうか────?」
…………吸血鬼?
そういえば、この世界にはそういった、恐ろしい存在が居るのよね。
セレナは私が吸血鬼かもしれないと、疑っている様だ。
ここまで来たら、私の優秀さを誤魔化しようは無い。
それに、あらぬ疑いを持たれてしまったようだ。
誤解を解いておこう。
「……違うと思うわ。だって私、日に当たっても大丈夫でしょ? それに血を飲みたいとも思わないわ。髪の色だって黒くは無いし……」
……。
…………。
この世界には『吸血鬼』と呼ばれる恐ろしい存在がいる。
そしてそいつは、この世界の『神の敵』なのだ。
吸血鬼は人間よりも知能や身体能力が高く、膨大な魔力を有している存在だ。
そして、夜に活動し、人の生き血を飲む化け物である。
前世の世界で語られていた空想上の存在、『吸血鬼』とそっくりな怪異だ。
それと似たようなのが、この世界に実在するらしい。
そんな化け物だと疑われてしまえば、人生終了だ。
この世界で、生きていけなくなる。
私は自分を大切に育ててくれている、両親の事を信用している。
私が早熟な赤ん坊でも、不気味がったりはしないだろう。
……むしろ、『娘は天才だ!』とか言って喜びそうだ。
────だが、他の人はそうではない。
使用人も信頼できる者が多いが、全員がそうとは限らない。
それに例え悪意がなくても、使用人から『噂』が広がることもありうる。
そういった可能性も、警戒しなくてはいけない。
噂というものは、どう形を変えて広がるか分からない────
『あの赤ん坊は、吸血鬼だ!』という、噂が広がってしまえばアウトだ。
問答無用で教会の異端審問官に、処刑されることになる。
吸血鬼の特徴として、『黒髪』であるということが挙げられる。
────だが、私の髪は金髪だ。
『太陽』が苦手で、昼間は活動できないとされている。
────だが、私は昼でも動ける。
人の血を飲んだことだってない。
吸血鬼の特徴を、持ち合わせていない。
……だが、噂が広まってしまえば、そんなことはお構いなしだ。
集団ヒステリーを起こしている人の群れに、理屈や理論など通用しない。
────セレナは、どうだろうか。
恐る恐る、彼女の様子を伺う。
私に近づいた彼女は、誓うように胸に手を当てて宣言する。
「安心して下さい。お嬢様────たとえ、お嬢様が吸血鬼だとしても、私はお嬢様の味方です」
「────そう、なの……ありがとう、セレナ」
彼女の言葉は真摯で、信用できると感じた。
「……ですが、お嬢様。魔力を操るのは控えた方が良いと進言いたします。────あまりに早く魔力を上げすぎてしまうと、身体を壊してしまいます」
────そうなんだ。
魔法の訓練は、身体が成長してからの方が良いそうだ。
「解ったわ」
私は、セレナのアドバイスを聞き入れた。
「────では、お嬢様……身体をお拭きいたしますね」
「ちょっとまって、それは、その……自分でするから────」
今までは普通の赤ん坊の振りをしていたので、彼女にお世話されていても、対して気にはならなかった。
だけど、こうして意思疎通をした後、裸にされ身体を拭かれるのは──
ちょっと……、その……。
「いけません、お嬢様。────これは私の仕事です」
セレナは丁寧に、わたしの身体を拭いてくれた。
……とても、恥ずかしかった。
早く大きくなりたい、と思った。
────私が生まれてから九か月が経過した。
ライドロース地方は、大陸の北方にある。
季節は秋だが、もう雪が降り積もっている場所もある。
冬になり本格的に雪が降り出すと、町の外には出られなくなるそうだ。
そうなる前に──
私をお披露目しに行くことになった。
雪の少ない日を選んで、辺境伯のお爺様のお城に行くことになる。
今日は両親と、一緒にお出かけだ。
庭に馬車が用意されている。
誕生した孫を、辺境伯を務めるお爺様に披露しに行く。
赤ん坊の私を見れば、まだ見ぬお爺様も、きっと大喜びすることだろう。
……。
…………。
私はまだ赤ん坊だが、可愛らしい顔立ちをしているらしい。
皆がそう言って、褒めてくれる。
将来はきっと、美人になるに違いないと────
…………。
……赤ん坊は可愛いものだし、身内は贔屓目で褒めるものだ。
だからまだ、安心はできない……。
出来ないが……。
────きっと、大丈夫。
私は可愛く成長するはずだ。
だって両親が美男美女だし……。
────大丈夫。
きっと、大丈夫よ。
そう念じながら、私は抱っこしてくれている母親の胸に顔を埋めた。
外は雪が散っている。
空を雲が覆ってどんよりしているけれど、この季節にしては、まだ天気の良いほうだ。
私はお母様に抱っこされて、馬車に乗り込む──
乗り込む際に、お父様がお母様を丁寧にエスコートする。
お父さまが馬車に乗り込む────
お父さまが、お母様の頬にキスをする。
お父さまが体面に座り、こっちを見てニッコリと微笑む。
お母様が頬を赤らめた。
…………二人ともいい歳して、娘の前でイチャつかないで欲しい。
教育に悪いとは、思わないのだろうか────?
私の両親は、赤ん坊にはまだ理解できないと思っているようだ。
娘の前でも平気でイチャイチャする。
……勘弁して欲しい。
『子供の前でイチャつくのは、教育に悪いです────。控えて頂けないでしょうか?』……そんな要求しようと思ったこともあるが、赤子が流暢に喋る訳にはいかない。
目を閉じて、眠ることにした。
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