第4話 襲撃
馬車が雪道を、ゆっくりと走る。
車輪が障害物に乗り上げると、振動が伝わってくる。
────私はその揺れで、目を覚ます。
私はお母様に抱っこされているので、比較的振動の影響は少ない。
それに個室の中なので快適だが、外の護衛や御者は大変だろうな……。
そんな心配をしながら、再びウトウトし出す。
聡明とはいえ、まだ乳幼児──
すぐに眠くなるのは、如何ともしがたい。
この身体が睡眠を求めているのだ。
無理せずに、眠ることにした。
私はスヤスヤと、眠りについた。
だが、すぐに叩き起こされてしまう。
────ゾクリ!
私は突然、背筋が凍るような悪寒に襲われた。
全身が強張る。
……。
……この感覚は知っている。
前世で一度、味わった。
このままでは、死ぬだろうな────
私は今、『死』に直面している。
死を前にした恐怖に、体が震えて動かなくなる。
外からの異変────
なにか、不吉な『波動』のようなものが、上空から降り注いできた。
それが馬車周辺、いやもっと広い範囲……。
この辺り一帯を、覆っている。
何よこれ、魔力……、魔法────?
混乱しているのは、私だけではない。
お父様もお母様も、この不吉な波動の影響で、動けなくなっている。
私達だけではなく、外の御者も、馬車を引く馬も────
「ヒッ、ヒ~ィィイインン」
怯えて、急停止。
ドッ!! ガガッガッ!!!!!!
当然のように、馬車が横転し──
地面と衝突した影響で、ドアが壊れたように開く。
私とお母様は、馬車の外に投げ出された。
ボスっ────
外は雪が積もっていて、助かった。
不幸中の幸いだわ。
私とお母様は二人とも、大した怪我はない。
雪で冷たいけれど──
早くひっくり返らないと、顔が凍傷になってしまうわ。
渾身の力を込めて、寝返りを打つ────
「ふんっ!」
ぼふっ────
私は仰向けになる。
空は曇天が広がっている。
その灰色の世界を──
翼の生えた化け物が、埋め尽くしている。
全身真っ白な人型の化け物が、空を舞っていた。
…………。
何よ、あれ……?
この不気味な『恐怖の波動』は、あいつらから出ているものだ。
恐らくは、生物を『恐怖状態』に陥らせる魔法だと思う。
あいつらの狙いは、私達…………。
いや、狙いはこの私だ。
────そんな気がする。
化け物の内の一体が、空から地上に舞い降りる。
そいつは人の形を模しているが、人とは違う化け物だった。
そいつの顔には、大きな目がひとつ付いている。
顔のパーツはそれだけだ。
一つ目の化け物は、私の方を指さして『……ターゲットは、コイツだな』と言った。
それから『ここ数日、観測されていた魔力波形と一致する』と続ける。
魔力波形────?
……。
……ああ、そうか。
私は夜に、魔力を操って遊んでいた。
それを観測されたんだ。
……。
────マズいわね。
何とかしなくちゃと思うのに、恐怖で頭が回らない。
まずはこの状態異常を、何とかしなくちゃ……。
恐怖をもたらす敵の魔法に対抗するように、私は全身を魔力で覆う。
正常な状態の自分をイメージして、魔力を展開する。
「ん~~!」
恐怖が治まる。
「ふぅ……」
これで自由に動けるし、思考も正常になったわ。
…………。
だけど……。
────絶望的な状況に、変わりは無いじゃない!!
私は冷静になって、周囲を見渡す。
馬車は横転、御者と護衛は倒れていて動けない。
お父さまは馬車の中で安否は不明、お母様は無事だが、恐怖で動けないでいる。
────私は動けるようになったが、赤ちゃんだ。
雪の深いこの場所では、立って歩くことも困難だろう。
ハイハイなら、なんとか……。
────いや、役に立たないわ。
私がそんなことを考えているうちに、化け物がさらに、五体降りてきた。
五体の化け物の顔には、それぞれ、顔に一つだけ目や耳や鼻や口が付いていた。
人を模した異形である。
『ターゲットが分かったんなら、さっさと始末して帰ろーぜ』
『……いや待て、今回の任務では、目撃者全員を殺していいようだ。』
『────殺さなくてもいいんだろ?』
化け物たちは、音声を発していない。
奴らの会話は直接、脳に響いてくるように聞こえる。
『殺していいなら、俺が殺すぜ!!』
『……悪趣味な』
『俺が殺すぜ!!』と宣言した化け物が、瞬時に護衛十人と御者を殺害した。
あっ、という間だった。
地面に倒れていた護衛達から、血が噴き出している。
降り積もった雪景色に、血が滲んでいく。
化け物の手には、人の血が滴る剣が握られていた。
…………。
……。
────駄目だこれは。
詰んだ。
もう、どうしようもない。
私の目から、涙がこぼれる。
屈強な大人の護衛十人が、何も出来ずに殺されたのだ。
赤ん坊の私に、出来ることなどない。
……私は、ここで殺される。
…………。
観念した私に、母が覆い被さってきた。
恐怖で身がすくんでいるはずなのに、私の事を守ろうとしてくれて……。
あいつらの狙いは、私なのだ。
……だったら、殺すなら、私だけにして欲しい。
父と母は、見逃して欲しい。
短い間だったが、私の事を愛して育ててくれた二人だけは────
私はそう言って、両親の命乞いをしようとしたが……。
でも、駄目だ。
あいつらは、全員殺すと言っていた。
…………。
血の付いた剣を握った化け物が、こっちを見た。
次の瞬間に私は、母親ごとその剣で突き刺されて死ぬ……。
そう思った。
思うと同時に、これまで感じたことがない量の魔力が、全身に漲る。
私は魔法を使っていた。
地面に降り立っていた六体の化け物が、全て氷漬けになっている。
次の瞬間────
ゴォォオオオオオオオオッ!!!!
上空を突風が通過した。
空を舞っていた化け物の群れが──
激流のような暴風に飲み込まれ、吹き飛ばされていった。
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