お嬢様は謙虚堅実!?

猫野 にくきゅう

第1話 最悪の人生と、その終焉


 私は、諦めていた。


 小学校に入る前から、自分に自信が持てないでいた。

 

 成長するに従い、人から大切にされることを諦め、平等に扱われることを諦め、人に好かれることを諦め、人を好きになることを諦め、幸せになることを諦め、そして……。



 ────人生を、諦めた。



 改めて、自分の生涯を思い返してみる。

 ……涙が溢れて、止まらない。




 もっと何とか、ならなかったのかな────?

 そう、思わないでもない。

 


 でも……。

 

 どうしようもない……。

 どうにも、出来なかった。



 ────結局は、それが結論だ。






 私は母親と二人で、ボロボロの安アパートで暮らしていた。


 父親は私が物心つく前に、珍しい事故で死んだらしい。

 だから私は、父親を見たことがない。



 場末のバーで働いている母親は、育児放棄気味だった。

 ほとんど家に居ることは無い。

 

 一応、食費は置いてくれていたので、それで何かを買って食べることは出来た。

 だが時々、置き忘れていることがあり、そんな時は空腹を我慢して過ごした。


 学校には行きたくなかったが、給食を食べる為だけに通っていた。



 母親は、私の事が嫌いだったと思う。 


 自分によく似た不細工な私の顔を、とても嫌っていた。






 そう────

 私はとても、不細工だった。


 通っていた学校のクラスで、常に一番のブスだった。



 周りの人間は皆、私のことを見下していた。


 あいつらは、私の事を馬鹿にしながら────

 自分よりも『下の』、劣った存在がいることに安心していたのだ。




 小学校の時のあだ名は、『ゲロ子』だった。

 ────クラスの男子が、勝手に付けた名前だ。


 私にそのあだ名をつけた男子は、お調子者で、教室でよく騒いでいた。

 騒いでいたそいつが、机に座っていた私にぶつかってきた事があった。


 そいつは『きったね~! ゲロ子に触っちまった』とか言って、大騒ぎした。


 私は居た堪れない気持ちで、俯いているしかなかった。





 高校性の時のあだ名は、『ブス子』だった。

 ────クラスで二番目にブスだった女が、私に付けた名前だ。


 私にそのあだ名をつけた女は、どうやら家族から『溺愛』されて育ったらしい。


 親兄弟から世界一可愛いと言われて、育ったようだ。

 本人もその気で、自分が可愛いと信じ込んでいた。



 だが高校にもなると、自分の認識と周囲の認識の差に気付きだす。

 

 ……だからだろう。



 その鬱憤を晴らす様に──

 奴は私の事を、執拗に苛めるようになった。


 自分では手を下さずに、自分の手下たちに私を苛めさせていた。


 あいつは大人しい奴や何かしら劣った奴を自分の手下にしていて、私に嫌がらせをして遊んでいた。



 私はやり返さなかった。

 下手にやり返せば、自分の方が悪者にされると分かっていたからだ。

 

 教師は当てにならない。

 私の為に、親身になってくれるような大人はいない。


 そんな奇特な存在は、いないのだ。

 そう思って、毎日嫌がらせを我慢していた。



 そして、病気になる。

 朝目覚めて起きようとしても、上手く立てなかった。

 

 高熱で身体に力が入らない────

 風邪だった。


 風邪と言っても、症状はピンキリだ。

 苛められてストレスが溜まった私は、免疫力が低下していたのだろう。

 

 中々、熱が下がらない。


 学校に行けなくなった。




 風邪を引いてから、二週間が経過した。

 意識は朦朧としている。



 何とか起き上がり、水を飲んだり、薬を服用したりした。

 だが、一向に熱は下がらない。



 食事もほとんど取っていない。

 このままでは、死ぬだろう。



 私の部屋の外で、物音がしている。

 仕事に出かける前の様だ。


 身支度をしている。



 …………。


 ……。


 ふすまを開ければ、母親がいる。


 『助けて』と声を上げれば、流石に助けてくれるだろう。


 でも、声は出なかった。


 ……もう、いい。

 そう思った。








 私の人生は、苛められて、蔑まれるのが常だった。


 だが、例外はある。


 それは中学生の時──

 子供が一番多感になる時期にもかかわらず、中学の時だけは、イジメに遭うことは無かった。


 陰で悪く言われたり、心の中で馬鹿にされてはいただろうが、少なくとも、表立って苛められる事は無かった。



 三年間、一緒のクラスだったリーダー格の『あの男』が、そういうことが嫌いだったからだ。



 だから、だろう────


 私は迂闊にも……。

 そいつに、恋心を抱いてしまった。


 絶対に報われることなどないと、解っているのに……。



 私はその『みっともない』恋心を、押し殺して無かったことにした。



 だから────

 私はその人生で、一度も恋をすることなく死んだ。


 今にして思えば、私はプライドが高かったのだと思う。

 


 私の母親は、こうではない────


 私の事は嫌っていたが、人付き合いは上手かった。



 私とよく似た不細工な顔だったが、むしろそれを武器にして笑いを取り、人の懐に入るのが得意なのだ。


 愛嬌があって、好かれやすい……。


 そんな人だった。



 私には到底できない、生き方だ。

 

 容姿で人の扱いに差が出ることを、理不尽と感じていた。

 私はそれを受け入れることも受け流すことも、母のように利用することも出来ずに、世の中を恨んでいた。



 ────そんな私の生き辛い人生も、ようやく終わった。

 

 私は死んだ。





 死んで、そして────


 女神に出会った。




 ……。


 …………。



 

 転生の女神。

 

 女神は直視することの出来ないほどの、光り輝く美貌を振りまいている。

 美しすぎて、人がはっきりと認識することの出来ない存在だった。



 何故だか知らないけれど、私はその女神様に出会い──

 只々、感謝していた。


 

 ……。


 …………。


 きっと、平等になったからだと思う。 


 圧倒的な美貌を持つ女神様の前では、人間の微かな美醜など無いに等しい。


 この神様を前にすれば、どんな美人も私と大差ない……。

 ────神の前では、人は平等なのだ。



 女神様は、私に平等をもたらしてくれた。

 ────だから、心から感謝した。



 女神様は私のことを、異世界に転生させると言った。


 ちょっとだけ、特別扱いをしてくれるそうだ。

 

 

 ────なんでも、ある男から頼まれたと言っていた。

 誰に頼まれたかは知らないが、優遇してくれるのであれば受けておこう。

 

 

 私は生まれてから死ぬまで、一度も幸せだったことが無かった。


 生まれ変わった先で、少しくらい優遇されても良いだろう。





 転生が始まる。


 私の意識が、薄れていく────



 ……。


 …………。


 次こそは、まともな人生を歩めますように……。

 そんな願いを込めながら、ゆっくりと────


 私は眠りについた。



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