第56話 番外編・暗部 『出撃、そして……』
聖ガルドルム帝国の帝都『ガルドールム』は、大陸の半分を支配する超大国の中心である。
そのガルドールムの、貴族の居住区画を────
黒装束に身を包んだ十五名の男たちが、列をなして駆ける。
彼らは『天主創世教』の、中央神殿に所属する『暗部』の構成員だ。
彼らは神殿にとって都合の悪い邪魔者を、有形力を行使して、排除する。
神殿の実力部隊である暗部は、表沙汰には出来ない汚れ仕事を任される。
その為────
暗部などという組織は、公式には存在しないことになっている。
しかし、彼らの存在と、その活躍によって、神殿の権威は保たれている。
────その事実は変わらない。
帝国の政治や行政に対し、不平不満を持つ者は多い。
現体制に不満を持つ者、神を冒涜する者、神殿の教えに疑問を呈する者、金に目が眩み寄付を出し渋る商人、等々……。
そういった不届き者は、無数に存在している。
それらを闇へと葬り去るのが、彼らの役割だ。
誰にも気付かれることなく、与えられた任務を全うしなければならない。
暗部の構成員には、高度な戦闘技能が求められる。
その為、彼らは物心つく前から、あらゆる戦闘訓練を課されて育つ。
全ては、神ヤコムーンの為に────
彼らは神殿に仇なす愚か者共を、この世から排除する。
悪を滅する『必要悪』それこそが、忠実なる神のしもべ『暗部』だ。
神の代弁者、ヤコムーン教・教皇『ニヤコルム・ヤコームル十五世』の命を受け、神に絶対の忠誠を誓った彼らは、今日も闇を走る。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
本日、急遽チームが編成された。
教皇猊下が最重要と位置付ける、案件を担当する部隊だ。
最重要任務を任された、この部隊において────
コードネーム『一番』を賜った俺は、部隊の最後尾を走っている。
移動中のリーダーの役割は、全体を見渡し、状況を常に把握することだ。
それに加えて、背後から敵の攻撃を受けた際には、真っ先に対応することが求められる。
『一番』の俺は、部隊の最後尾を走る。
この『一番』というコードネームは、作戦ごとに割り振られるものだ。
俺達に個別の名前は、付けられていない。
────我々暗部に、個性は必要ないからだ。
コードネームは部隊内の戦闘能力順に、番号が割り振られていく。
一番が部隊のリーダーとなり、副リーダーを二番が務める。
十人編成でチームを組むことが多いので、部隊の中で実力が一番劣った者が『十番』となる。
────今回の任務はニヤコルム教皇が、直々に下された指令だ。
万一の失敗も許されない最重要任務のため、実行部隊には選りすぐりの十五名が選出された。
我らに与えられた任務は、辺境伯令嬢『フィリス・ライドロース』の身柄の確保────そして、神殿の教皇猊下の元まで、無傷で護送することだ。
フィリス・ライドロースの身に、傷を付けてはならない。────という制約はあるものの、目撃者や屋敷の使用人の生死は問われない。
……まあ、なんだ。
────はっきり言って、簡単な任務だ。
暗部が五人もいれば、事足りる……その程度の難易度だ。
だというのに────
十五人編成の、大所帯が派遣されている。
────これは、どういうことだ?
本日、王宮で行われた舞踏会の場で、『聖女』と『勇者』が誕生した。
長らく現れなかった、聖女と勇者が同時に────
その後で、今回の重要任務が発令された。
……。
……間違いなく、何らかの関係があるだろう。
そこまで考えて、俺は思考を停止させた。
暗部の構成員である我らに、独自の考えは不要だ。
俺達はただ……与えられた命令を、忠実に遂行するだけ……。
手足が物を考えて勝手に動くなど、あってはならない。
それに────
任務に関係のない雑念は、判断を鈍らせる。
俺は無心となり、闇を走る。
ライドロース辺境伯の屋敷が見えてきた。
事前の取り決め通りに、三人一組を作る。
散会する前に全員が示し合わせて、同時にカウントを開始する。
二十から順に、数を減らしていく────
これから俺たちは、五か所の突入ポイントから、一斉に屋敷へと侵入する手筈になっている。
俺の部隊は、正門の前に陣取っていた。
二十から減らしていた、カウントがゼロになる。
全員が同時に────
屋敷への侵入を開始した。
屋敷の正門を乗り越える為に、跳躍し、門の上部に降り立った瞬間────
僅かな、そよ風が、俺の身体を包むように通り過ぎた。
……ん?
そして────
………ッ!
唐突に────
視界が、切り替わっていた。
…………?
俺たちは先程まで、確かに夜の暗闇の中にいた。
しかし、今は、澄み渡る青空の下にいる。
────辺りを見回す。
俺たちは、草原に立っていた。
ライドロースの屋敷は、どこにもない。
ここは、緑溢れる大自然の中だ。
…………?
────訳が、分からない。
日の光が降り注ぎ、俺はその眩しさに目を細める。
────俺だけでは無い。
俺を含めた十五名の黒装束の男が、この場所に移動させられていたのだ。
「……?」
全員声は漏らさなかったが、困惑している。
何故、こんな所に……。
唐突に視界が切り替わり……これは、幻覚……?
……そうかっ!
恐らく、これは『幻影魔法』だ。
人を惑わす類の、状態異常を付与する魔法だろう。
極稀にだが、そんなスキルを持って生まれる者が存在する。
視覚情報を操り、強制的に幻覚を見せる……。
恐らくは『奴』が、その使い手────
十五名の暗部以外で、この場に居る男……。
そいつは、この草原の、真ん中に立っている。
────知っている顔だ。
暗部の構成員は、各貴族の使用人の、顔と名前を把握している。
フィリス・ライドロースの護衛、ルドル・ガリュード。
────間違いない。
ルドル・ガリュードは腰に武器を差して、草原の中に佇んでいる。
…………。
変わった形状の武器だ。
確か────
極東の国で、使われている代物だったか……。
ルドル・ガリュードは譜代の従者では無く、流れの雇われだったな……。
……なるほど。
異教徒か────
ならば、殺す理由は、それだけで十分だ。
問答は無用である。
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