第57話 番外編・暗部 『一番と十五番』
俺達はいつの間にか、草原に立っていた。
見覚えのない景色────
ここが、どこなのかは、分からない……。
だが、己の為すべきこと、そして────
自分に与えられた使命だけは、はっきりしている。
我らの使命は『フィリス・ライドロース』を、神殿に御座す教皇猊下の元まで、拉致して連れて行くことだ。
それが、ニヤコルム教皇から与えられた、我ら暗部の使命だ。
それは崇高な責務であり、命を賭して遂行しなければならない任務なのだ。
それを邪魔する者、それ、すなわち神敵────
ルドル・ガリュード。
フィリス・ライドロースの護衛を務め、我らの前に立ちはだかるこの男は、抹殺しなければならない。
我々は現在、奴の幻術に嵌まり──
この可笑しな光景を、見せられている。
夜の闇に紛れ、屋敷に侵入しようとしていたはずなのに、いつの間にか、草原に立っていた。
しかも、ここは日が昇っていて、暗部全員が敵に、その姿を晒してしまっている。
────失態だ。
姿を見られてしまうとは……。
これで、奴を殺す理由が増えた。
幻影魔法にかかったのは、これが初めてだ。
────だが、対処方法は知っている。
まずは、状況を把握する。
目で見える情報としては、周囲は草原で、障害物は見えない。
今度は目ではなく、魔力波動で自分の周囲を探る。
────障害物は、無し……、か────
俺が探れる範囲内に、障害物は無い。
幻術を受けた際に、気を付けるべきは同士討ち……。
味方の魔力波形を確認し、全員が本物だと確かめる。
敵味方の入れ替えも、無し……。
……。
奴の幻術の、底が知れた。
どうやら、景色を誤認させるだけのモノの様だ。
幻術をかけられてから、全員が状況を把握するまで、約三秒────
その間、標的に動きは無い。
『一番』が距離を取り、全体を指揮する。
必殺の戦術を繰り出すために──
十四名の暗部が、それぞれ武器を構える。
幻術をかけられようが、やることは変わらない。
目撃者を殺して、フィリス・ライドロースを確保する。
────それだけだ。
この隊のリーダー『一番』の合図で、一斉攻撃に入る。
『十五番』の俺は、敵の正面から切り込む。
反撃を受けるリスクが最も高い、潰れ役を担当する。
ルドル・ガリュードは、かなりの手練れ……。
────俺は、死ぬかもしれない。
だが、その時には、仲間の刃が、奴を切り裂いている。
俺の犠牲で、神敵を葬り去ることが出来るのだ。
……それでいい。
自分一人の犠牲で、敵を始末できれば、安いものだ。
全ては、神の為に────
標的のルドル・ガリュードは、腰に差した武器の柄に手を添えている。
その体勢から動かず、刃物を抜く気配がない。
……?
……どういう、つもりだ?
何故、武器を抜いて、構えない??
疑問に感じたが、攻撃速度は緩めない。
────緩めると、味方との連携を崩すことになる。
上段から振り下ろす、俺の剣が奴に迫る。
奴はまだ、武器を抜かない……。
臆したのか────?
降伏する気なのだろうか……?
────だが、もう遅い!!
俺たちは容赦なく、奴に斬りかかった。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
『一番』の俺の合図で、十四名の暗部が敵を包囲し、攻撃を開始する。
四名の隊員が先陣を切り、四方から奴に上段から斬りかかる。
その後、一秒の時間差を付けて、五名の隊員が追撃する。
先陣を切った四名の隙間を縫うように、剣で突きを入れる。
合計九名の暗部が、まったく同時に標的を攻撃する。
これまで、数多くの異端者を葬ってきた連携攻撃──
我ら暗部が誇る、必殺の集団戦術だ。
狙われた得物に、躱す隙は無い……。
さらに、残りの五名が、外で待ち構えている。
一斉攻撃を切り抜け、なんとか生き延びたとしても、周囲を包囲している五名の誰かが、即座に止めを刺す……。
相手を『必ず殺す』から『必殺』なのだ。
……奴に、生き延びる術はない。
────だが、それでも、我らは油断しない。
『あり得ない話』ではあるが……。
万が一、奴がこの攻撃を切り抜けた場合……その時は、俺が敵の能力を解析し、有効な対処法を考案する。
その為に、全体を見渡すことの出来るこの場所で、ルドル・ガリュードの動きを観察して、……ん────?
「……、……えっ?」
一体……?
なにが、起きた……??
視界が、傾いていく……。
俺の胴体が切断されていて、ヌルッと滑り……。
上半身が下半身から離れて、地面に落ちる。
身体を……。
真っ二つに、されたのか?
両腕も、一緒に切られたようだ……。
腕の先が、ない…………。
いつの間にか、目の前に、ルドル・ガリュードがいた。
ビュッ────
奴は血の付いた武器を振って、草原に鮮血を飛ばす。
そして、こちらに目を向けて、ニヤッと笑う。
ゆっくりと、武器を鞘に納めながら────
「……神速の太刀」
得意げに、そう呟いた。
……思考が追い付かず、恐怖することすら出来なかった。
…………こいつは、化け物だ。
俺は、もう間もなく、死ぬだろう。
仲間に対処法を、残さなければならない。
……だが、そもそも、何が起きたのか分からない。
奴の動きを観察していたが、何も分からない。
仲間の攻撃が届く直前まで、奴に動きは無かった。
暗部十四名による必殺の集団戦術で、『仕留めた』はずだった。
『────やったか?』と思ったら、奴の姿が、掻き消えていた。
その次の瞬間には、すでに俺の胴体は、切断されていて……。
身体が地面に向かい、落下している最中だった。
…………。
……。
俺はの役目は、奴を観察し、対処法を考案することだ。
しかし、あの化け物に対する有効な対処法など、何も思い浮かばない。
……。
……撤退すべきだ。
ここから逃げ帰り、あの化け物の存在を、神殿に報告する。
そして、神に助力を乞うのだ。
────それしかない。
だが、部隊に方針を伝えたくても、もう声が出せない。
十四名の仲間が、奴に攻撃を仕掛けるのが見える。
待て……。
止めたいが、止める術がない……。
結局、俺はこの戦闘で、何も出来なかった。
何も出来ずに──
ただ斬られて、死んだ。
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