第16話 魔法勝負


 私は客人を伴って、お城の中庭に出ている。

 ここはいつも戦闘訓練に使っている、おなじみの庭だ。


 ラシェールが私と、魔法勝負がしたいと言い出したので、こうして外に出たのだ。


「氷竜も見たいですわ!」


 と言っていたので、フィーちゃんも呼び寄せている。

 もうじき来るだろう。


 それにしても、注文の多いお嬢様だ。


 ────だが、悪い気はしない。




 フィーちゃんの存在はヤコムーン教の宗教圏ではタブーなので、大っぴらに人に見せることは出来ない。


 お城の使用人も、その存在を知る者は限られる。



 そんな訳で、折角かっこいいドラゴンをパートナーにしているのに、人に見せびらかすことが出来ないのだ。


 そんな不満を持つ私にとって、ラシェールの申し出は渡りに船だった。



 同い年の女の子に、使い魔を自慢できる……。

  

 フィーちゃん、早く来ないかしら。


 






 ────バサバサッ、バサバサッ!!


 空を舞う白銀の姿。


 今日は姿を見せて良いと伝えておいたので、その勇壮な姿を魔法で隠さずに降りてきた。



 ……。


 ……想像の五倍くらい、目立ち過ぎだわ。

 通報とか、されないかしら────? 


 私がそう心配していると、あいつもそう思ったらしい。


「場所を変えるか……」


 ルドル・ガリュードが、そう呟いた。


 私達を、微かな風が包む────






 ……あら?

 風が吹いた次の瞬間、私達は草原にいた。


 さっきまではお城の中庭にいたのに、そのお城はどこにもない。


 草原の先には森が広がり、その森の奥には無数の渓谷が乱立している。


 切り立った渓谷には、沢山の滝が流れていた。






 ────どこよ、ここ?


 私だけでなく、一緒にいたセレナアもジャックもンガ―ちゃんも驚いている。


 ラシェールは表情が読めないけれど、驚いてはいないようだ。



「あら、ヤト皇国ですわ」

 

 この景色を見てラシェールがそう呟き、小首をかしげる。




 ヤト皇国、ルドルとラシェールの故郷だ。


 彼女がそういうのなら、ここはヤト皇国なのだろう。 

 


「────いや、ここは、俺が創り出した異空間だ」


 あいつがとんでもないことを、さらっと言った。

 異空間を、創る……?


 どうやるのよ、それ────?


「なんか知らんが、いつの間にか作ってたんだ。────この空間は俺の魔力の貯蔵庫のようなものだ。……時間の流れも変えられる。早くも遅くも出来て便利だ」





 ……へぇ~。


 ……どういうこと?



 情報量が多すぎて、私の理解が追い付かない。


 ────なにそれ? 



 この空間限定で、時間を操れたりするの?

 

 そんなのもう、神様の領域じゃない。

 よく分かんないけれど──


 チートよ、チート────。


 


 だけど、まあ────


 この男はたぶん吸血鬼なんだし、天使の群れを一人でやっつけるくらい強いのだ。……そのくらいの芸当は出来るのだろう。


 そういえば、ベルという妖精を創り出して、使役してもいる。

 

 

 この男に掛かれば、このくらいは朝飯前なのかもしれない……。


 ……。


 私はそう考えて、納得した。


 

 それにしても、凄いわねコイツ……。


 我がライドロース家の味方として、しっかりと繋ぎ止めておかなくては────

 私は改めて、そう思った。







「あの、皆様────紹介しますわ。この子が私の使い魔の『フィーちゃん』です」



 突然異空間に連れて来られて驚いたが、庭に出たのはフィーちゃんをお披露目する為だ。


 皆が落ち着いたタイミングで、私はフィーちゃんを紹介する。 



「この子がフィリス様の使い魔ですのね! カッコいいですわ!!」



 ラシェールがそう言って、羨ましそうにしている。




 ……ムフフ。


 フィーちゃんが褒められた。


 私は気分が良い。



 

「竜としては小型だが、硬そうだな」


 ルドルがそんな感想を漏らす。


 結構大きな個体だと思うのだけれど───

 竜としては、小型なのか……。



 それにしても『硬そう』って、もっと気の利いた感想を言いなさいよ。


 他の使用人の皆は、ちょっと怯えて遠巻きにしている。



 『神敵』云々を抜きにしても、ドラゴンはこの世界の最強生物だ。

 

 初めてみたら、誰だって怖がる。


 それは、しょうがないか────。



 その内きっと、慣れるでしょう。

 皆とフィーちゃんが仲良くなるのは、それからで良いわ。


 初めて会ったラシェールが、さっそくフィーちゃんの喉を撫でて可愛がっているのはご愛敬だ。



 ────彼女の母親が竜使いで、ラシェールは子供の頃から竜に接触していたそうだ。


 他の皆とは、素養が違うのである。

 





「────それではフィリス様、魔法勝負と参りましょうか?」


 ひとしきりフィーちゃんを愛で終えたラシェールが、本題に入る。



 そう、中庭に出た目的は、フィーちゃんを可愛がるためだけではない。


 彼女と私の、魔法勝負の為である。



 場所は城の中庭では無く意味不明な異空間になったが、魔法勝負に差しさわりは無い。



「────ええ、お相手いたしますわ」


 私は不敵な笑みを浮かべて、勝負に応じた。



 私も帝国貴族の端くれ────

 勝負を挑まれたなら、受けて立ちましょう。


 あんまり帝国に忠誠心は無いが、ノリでそう言ってみる。








「────では、わたくしから参りますわ」



 ラシェールはそう言うと、装備した魔法の杖に魔力を込めて、離れた位置に立っているルドルに向かって風魔法を放った。


 彼女は自分専用の、魔法の杖を持っている。


 ────いいなぁ、あれ……。

 私も欲しいわ。


 





 ドウッ!!!!


 ラシェールは砲弾のように固めた空気を、風魔法で押し出した。



 私は彼女の魔法を観察して、あることに気づく。

 空気を固めたのは、風魔法ではない────


 風魔法の属性を、ちょうど反対にしたような魔力だった。


 彼女は風魔法と反転の風魔法の二種類を操り、組み合わせている。




 単純な攻撃のようで、かなり高度な魔法だ。


 空気の砲弾なので、目で捉えにくい攻撃となる。




 魔法攻撃の標的のあの男は、装備した刀でラシェールの空気の砲弾を切り裂き、四散させる。


 ────ルドルが刀を抜くスピードは速すぎて見えなかったが、結果を見ればそういうことなのだろうと分かる。


 



「────次は、私の番ね」


 私はちょっとばかり得意げに、前に出る。


 余裕があるように見せているが、それは『はったり』だ。

 心の中は、不安でいっぱいだった。



 私はこれまで、魔力操作の練習はしてきたが、攻撃魔法の練習はしていない。


 ぶっつけ本番である。


 上手く出来るかしら────?




 先ずは魔力を集める。

 私の魔力属性は『氷』なので、氷をイメージし具現化しよう。



「……んっ!」



 ────グォン!


 よし! 

 イメージ通りの、氷の塊が出現したわ。


 




 これをあいつに向かって、思いっ切り撃ち込めばいいのね。


「えいっ!!」




 ────ドヒュッ!!!!



 氷の塊は、撃ち出しとほぼ同時に標的に届いた。

 

 速い!!


 ラシェールの魔法に、引けを取らないスピードだった。




 私の放った氷は、ルドルに粉微塵に砕かれる。


 攻撃は防がれたが、ちゃんと発動した。



「ふぅ……」


 私はこっそりと、胸をなでおろす。


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