第47話 闘気



 私の戦闘訓練はレベルを一段上げて、実践訓練に入っている。


 初日の今日は、ひたすらボコられ続けた。




 だって、攻撃が見えないし……。


 攻撃どころか、移動する姿すら見えないこともある。


 気が付いたらいつの間にか、真後ろに居たりするのよ!


 なんなのかしら、あいつ────?


 

 …………うぅ。


 ……体中が痛い。






 私はそれでも、なんとか一時間以上、あいつの『しごき』に食らい付いていたが、とうとう動けなくなり、そこで休憩となった。



 床に寝そべり、はぁはぁと、荒い呼吸を繰り返す。


 息を整えてから、上体を上げて、床に座る。


 むぅ~~~!



 私はあいつを睨みながら、頬を膨らませる。



 ……ん?


 ……私は剥れている。


 

 なんでだろう……?


 私は、何に対して怒っている??

 




 私は訓練で、あいつの攻撃を一つも躱せなかったし、ガードも出来なかった。



 攻撃が速過ぎるから、それは仕方がない。


 基本は寸止めだったけれど、時々、打撃が入っていた。



 体中が痛い────



「むぅ~~~~~!」


 今度は口に出す。


 なんでか、腹が立つ!


 ……私はどうして、怒っている?


 ……。







 自分で言うのもなんだが────


 転生した私は、優秀だった。



 物覚えは早いし、習い事もすぐに熟せた。


 ────皆から、上達が早いと褒められて生きてきた。

 


 そんな私が、何年間も地道に、戦闘訓練を積み重ねてきたのだ。


 自分が成長している手応えも、ちゃんと感じていた。




 なのに────


 この男の攻撃に、私は全く対応できなかった。



 生まれ変わった私は、『上手く出来ない』に慣れていない。


 ……だから、むくれている。


 まるで、子供だわ。



 転生者といっても、前世の人生経験はとても浅いものだった。


 生まれ変わってから、十年だ。


 ────私は、まだ子供なんだ。

 

 




 剥れている私に、あいつが近付いてくる。


「俺の動きに反応出来ていただけでも、大したものだ。……回復魔法をかけてやる。────自然治癒力を高める魔法だ」


 そう言って────

 私の頭に手を置き、魔法をかけてくれた。


 私の治癒力が、あいつの魔力で強化され、急速に体を癒していく……。


 ……気持ちいい。



 打撲による痛みが、すーっと引いていくのを感じる。 




 あいつは魔法をかけながら、私の頭をあやす様に撫でる。


 何故だか無性に照れ臭くなった。


「────わたくし、もう子供では、ありませんわ!!」


 

 赤くなった顔を誤魔化すために、照れ隠しを言った。


 ────まだ全然、子供なんだけどね。







「うぅ~~~」


 私はまだ、少し唸っている。


 これは剥れているのではなく、照れ隠しだ。




 そんな私に対し、ルドルは呆れずに話しかけてくれた。


「そう、むくれるな。────対処できない攻撃を経験しておくことは重要なんだ。相手に不意打ちを食らったり、想定外の攻撃が受けた時、焦らずに冷静さを保つには、とにかく『戦闘経験』を積み重ねて、戦い慣れておく必要がある」



 ……なんか、無意味に優しいのよね。


 …………こいつ。






 私はきっと、この男に『良いところ』を見せたかったのだろう。



 生まれ変わった私は、前世とは違って優秀なのだと────


 そんな姿を、見せたかったのだ。





 これまでの訓練で、手応えも掴んでいたし、自信もあった。


 ────でも、手も足も出なかった。


 

 何も出来ずに────

 こんなに無様にやられるなんて、思ってもみなかった。


 今日の訓練は、私にとって苦いものだった。


 けれど、その経験が私を、強くしてくれるらしい……。




 今は弱くても、これから強くなっていけばいい。


 この男は私を、強くしてくれる『師匠』なのだ。


 失敗を晒すことは恥ではない────



 ……うん。


 …………そうよね。





 いつまでも拗ねていては、大人のレディーになれないわ。


 体の痛みは、ルドルの治療魔法で完全に引いた。


 私は立ち上がる。


 そして────



「さあ、修行を再開いたしましょう。────師匠!!」


 元気よく、声をかけた。

 



 一時間後……。


 …………。


「……うぅ」



 また、すぐに打ちのめされた。


 ……痛みで、立ち上がることが出来ない。



 けれど、悔しさはない。


 ────限界まで頑張った。



 そんな────

 不思議な充足感があった。

 




 余談だが────


 私達の戦闘訓練を見て、セレナやジャック、ラシェールやドヤコちゃんにンガ―ちゃんも、より厳しい訓練を希望するようになった。


 私の使用人チームと友人は、向上心に溢れている。






 実践訓練を始めてから、三日目。


 今日も変わらずに、ルドルとの模擬戦だ。



 訓練内容が、少し変化する。

 

 私が反応して防げる攻撃を、ルドルが織り交ぜてくるようになった。

 攻撃を避けるか、防ぐかを瞬時に判断し、実行する。


 迷いがあると、動作が鈍る。



 ────ヒュッ!!


 ガッ……!!




 避けるのは間に合わないと判断した私は、ガードして攻撃を防いだ。


 

「いっ……」


 けれど、痛い!!


 ────痛いわ。

 


 棒で攻撃されているんだもの。


 防いでも痛い。






 私は、あいつに尋ねる。


「ねえ師匠、盾や防具は無いのかしら? ────体中が痛いわ」 


 これは甘えでは無く、正当な要求だろう。



 ……あっ、そうだ!!



 そういえば────

 私には、この男に作って貰った『棒』があるじゃない。


 フィーちゃんの卵の殻で作った、例の棒……。



 あの棒は、帝都に持ってきている。


 タンスの奥に、仕舞いっぱなしではあるが……。



 ────今こそ、あの棒を使う時だわっ!!

 



 

「武器や防具を用いた訓練もやる予定だが、────それは後だ。……万全準備の下で、戦いが始まるとは限らない。まずは、素手での戦いを習得しろ」



 ええ~~~。


 訓練の趣旨は分かるけれど、痛いのよね。


「えっと、防具の無い状況での戦い……この訓練では、ガードよりも回避を優先した方が良い、ということでしょうか────?」

 

 

 ルドルは軽く頷く────


「ああ、そうだな。その発想は悪くない────だが、この訓練の真の目的は、『闘気』を自在に操れるようになることだ。────それが出来れば、防具に頼る必要は無くなる」



「────師匠、あの……『闘気』というのは、何ですか?」


 初耳なんですけど────?

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