第46話 決戦は二週間後


 風の妖精の『ベル』は手のひらサイズの羽の生えた女の子で、ルドル・ガリュードが魔法で創った使い魔だ。



 あいつが創り出した風の妖精は、二体いる。


 それぞれ『ティンカー』と、『ベル』という名前が付けられた。



 隠密行動が得意で、二体の要請が協力して行う、通信や転移といった様々な特技を持っている。


 偵察に出たベルが見聞きした情報は、相方の『ティンカー』がリアルタイムで共有し、側にいるルドルに伝えていた。




 ルドルは観劇の招待状を送ってきたヤコマーダを怪しみ、彼の元にベルを偵察に出していた。


 ────ちょうど取り巻きの三人を集めて、悪巧みをしている最中だったので、情報が手に入ったようだ。 







 

「……どうやら、第三王子が後ろ盾に付いたことで、マンイル少年は暴走したようですね」


「────気が大きくなったのでしょう。突拍子もない暴走だと感じていましたが、これで合点がいきました」


「王子の部下になったから、自分も偉くなったと勘違いしたのですね……カッコ悪い奴です」


「…………部下の手綱を握り切れていない、王子もカッコ悪いです」



 セレナ、ジャック、ドヤコちゃん、ンガ―ちゃんが、それぞれ順番に私見を述べる。


 ……。


 ……私は黙って皆の意見を聞いていたが、それぞれの見解に異論はない。

 



「……ヤコマーダという第三王子は、確か……フィリス様のお尻を追いかけ回していた殿方でしょう? フィリス様を誘拐しようとするなんて、これまでとは、アプローチがずいぶん変わりましたわね? ────ちょっと、妙ですわね」


 ラシェールが、王子の行動に疑問を持つ。


 ────それもそうね。


「それは、私も疑問に思いました。────まるで、人が変わってしまったような……」


 私も疑問に感じていたことなので、ラシェールに賛同する。


 確かに、妙なのよね……。




「……あの王子は『勇者』に選ばれたんだ。神に選ばれたともなれば、変わりもするだろう。────自分に自信がついて、強引なアプローチに切り替えた、といったところではないか────?」



 ルドルが少し考えてから、そんな見解を提示する。



 ……ふむ。


 そう言われると、そんな気もするわね。



 『自分は神に選ばれた、だから、やりたい放題やって良いんだ』



 王子はそんな感じになっちゃったのかしら?


 ────なんだか、選挙で当選した政治家みたいね。








「────それで、王子の招待状の件ですが……罠だと分かったのですから、誘いは丁重に、お断りしましょう」


「王子からの招待を断るのは、難しいですが……昨夜、襲撃があったばかりです。断ったとしても、角が立つことは無いでしょう」



 ジャックとセレナは王子からの招待を、断る方向で話を進める。


 ────招待状が罠だと分かったのだから、回避しようとするのは妥当な判断だ。




「そうですよ。お嬢様を誘拐する為に観劇に誘うなんて……気持ち悪いです」


「勇者に選ばれてから、気持ちの悪さの度合いが増しましたね」


 ドヤコちゃんとンガ―ちゃんが、王子をディスる。

 

 ────そうよね。


 ヤコムーンの奴も、なんであんなのを『選んだ』のかしら?


 不思議だわ。

 





「────確かに……『罠が仕掛けてある』と知っていて、わざわざそこに嵌まりに行くのは、気持ちの良いものでは無い……だが、ここは敢えて、誘いに乗るべきだ」


 ルドルは王子からの招待を、受けるべきだと主張する。


 この男は、いつも積極的だ。



「一度断ったとしても、王子はしつこく誘いをかけてくるだろう。その全てを断るのは難しい。────頑なに断れば、相手がより強引な手段に訴える危険も増す。……それよりも、油断している敵の鼻っ柱を殴って、向こうの手駒を削ってやったほうがいい」


 ────ここは、打って出るべきだ。


 あいつは、そう主張した。




 私には、その主張が妥当なもののように思えた。


 セレナとジャックの二人も、賛成した。



 私達は敵の誘いに乗って、罠を切り抜け、殴り返す。



 という方針で、王子側の罠に対応することになった。


 

 ヤコマーダ王子から送られてきた、演劇チケットの公演は二週間後だ。

 

 ────それが、対決までの猶予となる。








 私を誘拐しようと企む第三王子の謀略に対し、どう対処するのか……。


 会議の結果────

 真正面から、受けて立つことが決まった。




 今日の訓練は決戦に備え、メニューを変更する。



 難易度を上げ、より実践的な訓練を行うこととなった。


 今日のテーマは、防御と回避────




 例の棒を装備したルドルが、トレーニングパートナーになる。


 訓練内容は────


 ルドルが、私に攻撃を繰り出す。

 私がその攻撃を受け止めるか、受け流すか、避ける。




 攻撃を見極めて、最適な選択を取れるようになる為の特訓だ。


 ……でもね。

 

「あの、ルドル様……その棒で叩かれると、すごく痛そうなんだけど……骨が折れたりしないかしら────?」


 私は稽古の前に、懸念を伝える。


「心配ない。基本は寸止めするし────打撃を加えるときは、死なない様に手加減する」


 打撃、加える、死なない様に……?


 …………えぇ、なにそれ?


 まあ、そんなに痛くはしないわよね。



「────そう、なら安心ですね!」


 私はこの男の訓練を、まだ甘く見ていた。








「では、行くぞ……」


「────はい、お願いいたします」


 ルドルがコインを指で弾く────


 それが床に落下したタイミングで、模擬戦が始まる。



 キィィン……!


 訓練開始────




 開始と同時に、私は目を見開くことになる。


 こめかみの横に、棒がピタッと止まっていた。



 ────遅れて、私の腕が上がる。


 ガードしようと腕を上げたのだが、ワンテンポ以上も遅れてしまっている。




 そして、私が腕を上げた時には────


 脇腹と太ももと足首に、それぞれルドルが軽くタッチするように棒を当てていた。



 まったく、動きについて行けない……。


 攻撃が早すぎる。



 


 これじゃあ、練習にならないじゃない────


 私は『もう少しゆっくり』と、お願いしようとした。



 ドッ────!


「うぐっ!」


 みぞおちを、棒で突かれた。


 かなり、痛い……。




 ドサッ。


 私は後ろに後ずさり、尻もちを搗く。



 起き上がろうと地面に手を付くと、その手を棒で払われる。


「────うっ!」


 直後に、片足を棒でひっかけられて、上に持ち上げられた。

 

 私はバランスを崩し、地面をゴロンと転がる。


 ────起き上がれない。



「くッ!」


 

 私は横に回転して、移動する。


 距離を取り、立ち上がらないと……。




 ドスッ────!


 回転中に、背中を棒で押さえられる。

 


 ググッ────


 ……動けない。



 暫く押さえつけられていたが、ルドルが拘束を解き、私から離れた。



 ……仕切り直しという訳ね。


 私は立ち上がって、両腕を上げてファイティングポーズを取る。



 ────訓練が再開された。

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