第45話 新たなる襲撃者
勇者と聖女の誕生から、二か月半が経過した。
今日は朝から戦闘訓練だ。
礼儀作法なんかのお稽古は、優先度が一番低く、たまにしか行われない。
貴族の子弟は物心つく前から、みっちり礼儀作法を叩き込まれるのが普通だ。
私はすでに、社交もダンスもセレナから合格点を貰っているので、他に優先順位の高い課題があれば、そちらを優先する余裕がある。
聖女が帝都から追放されたとはいえ、私の身の回りは、依然として不穏な空気が漂っている。
神殿からの襲撃は一度だけだったが、同様の事態はこれからも起こり得る情勢で、油断はできない……。
────そう思っていた矢先、再び事件が発生した。
昨日の夜のことだ。
この屋敷に向けて、攻撃魔法を撃ち込もうとした襲撃者が現れたらしい。
攻撃を察知したルドルが迎え討ち、犯人を捕らえて騎士団に引き渡している。
────魔法を使ったということは、犯人は高確率で貴族だろう。
襲撃があったばかりで、屋敷内でも情報共有は進んでいない。
現時点で分かっているのは、犯人は魔法を扱える子供だということだけだ。
犯人を引き渡したルドルは、まだ騎士団の詰所で事情聴取を受けている。
午前中に、ルドルが帰ってきた。
────意外と早く帰って来たわね。
捕らえた相手は、子供とはいえ魔法を扱える者だった。
騎士団に呼び出されたルドルは『どうやって捕らえたのか』、『襲撃者の動機に心当たりはあるのか』といった事を聞かれたそうだ。
魔法を使用した襲撃を、被害を出すことなく防いだので、不審に思われたのかもしれない。
だが騎士団といえど、襲撃被害を受けた貴族の使用人を、理由なく留めることも出来なかったようだ。
何事もなく、無事に帰って来た。
こいつが暴れて騎士団を壊滅させなくてよかったと、私は胸をなでおろす。
帰って来たルドルから、皆で詳しい話を聞いた。
襲撃者は予想通り、貴族だったようだ。
名前は、マンイル・ムーディ────
私は犯人の名前を聞いて、なんとか顔を思い出す。
────ああっ!
あの子か……。
帝都で暮らす貴族は、子供だけでもかなりの数だ。
重要人物から覚えていく為、身分が低く、尚且つ、パッとしない子供はすぐには思い出せないのよね。
────まあ、思い出せただけでも、凄い事ではあるか……。
前世の私なら、絶対に無理だ。
クラスメイトの顔すら、もう、ほとんど覚えていない。
興味がない上に、頭も悪く記憶力も良くなかった。
それに引き換え────
生まれ変わった私の記憶力は、とても優れていると言っていいだろう。
マンイル・ムーディ────
私と同い年で、たしか……子爵家の三男だったと思う。
言い寄ってくる男の子たちの輪の外で、じっとこっちを見てる。
そんな子だ。
大人しそうな子だったけど……。
魔法で屋敷を襲撃って────
何がどうして、そうなったのかしら?
…………う~ん。
……。
それは本人に聞いてみないと、分からないわよね。
情報共有の後で、昼食を取る。
昼食の後は、三時まで自由時間になった。
私は自由時間に、ライドロース城から持ってきた、歴史書を読んで過ごしていた。
それから、会議を兼ねたティータイム────
四時ごろから夕食まで、戦闘訓練の予定だ。
お茶会の時間になったので、セレナが部屋に呼びに来る。
中庭へと移動し、お茶会が始まる。
その少し前に、第三王子ヤコマーダからの使いが来たらしい。
私への招待状を持ってきたようだ。
────招待状?
……何の、つもりかしら?
情報の共有も兼ねた、お茶会が始まる。
改めて昨夜の襲撃と、そしてヤコマーダの招待状に関する報告が行われ、その対策が話し合われる。
専属執事と専属メイド、そして、護衛が集まっての会議だ。
「────襲撃者の動向は、騎士団でも把握していなかったようだ。……政治的な動きではなく、個人的な暴走と見ていいだろう」
ルドルが、昨夜の襲撃の見解を述べる。
個人的な暴走ねぇ……。
要は『可愛さ余って憎さ百倍』、ということかしら────?
「つまり、お嬢様に恋焦がれた少年が、社交の場で相手にされず、逆恨みしてきた……と?」
セレナが分かりやすく解説してくれる。
「お嬢様の美しさも、罪でございますな────」
ジャックが珍しく、冗談を言う。
……でも、目は笑っていない。
「お嬢様は、可愛らしいですからね!!」
ドヤコちゃんが褒めてくれた。
「────これから先は、もっと増えるかも……です」
ンガ―ちゃんが、ちょっと怖い予想を提示した。
……なんで、増えるのかしら?
「そうですわね。子供は成長するにしたがって、性衝動も増えていきますから……歯止めが効かなくなって、暴走する者が、他にも出てくるかもしれませんわ」
ラシェールが補足してくれた。
「それでも、失うものが多い貴族の子弟であれば、ある程度の欲望は理性でコントロールするでしょう。……今回の襲撃は────マンイルという名の少年の、自信過剰が引き起こした側面が強いのではないでしょうか?」
ジャックはスラム出身の、孤児だった。
力ずくで欲しいものを奪うのが『当たり前』の世界で、幼少期を過ごしている。
犯罪心理に詳しい彼がそう言うのなら、そうなのだと思う。
────怖いわね。
自信過剰な少年による犯行、か……。
貴族の付き合いでは、『マナー』や『世間』、それに『誇り』や『矜持』が、私を守ってくれる。
けれど、社交の場から少しでも離れてしまえば……。
特権意識の強い貴族ほど、強引に事を進めようとしてくるだろう。
私達が頷き合っていると、ルドルが重要な情報を追加で提示する。
王子の招待状に関することだ。
「偵察に出していた『ベル』から、連絡が入った」
ヤコマーダから不審な誘い来たので、ルドルは妖精のベルに、王子の周囲を探らせていたのだ。
こういう時に、便利よね。
風の妖精って────
「……第三王子ヤコマーダと、エドワー・ヘンツ、トーマスン・ネイビアの三名が、フィリスの誘拐を企てている……。昨夜、屋敷を襲撃したマンイル・ムーディも、どうやら奴らの仲間だったようだ」
誘拐……?
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