第44話 観劇大作戦と『殺気』


 私は聖女から、目の敵にされている。


 それは客観的な事実であり、大多数の貴族の共通認識だ。



 私が屋敷に籠っていると、謀反でも企んでいるのでは────?

 と、噂されかねない。


 そこで、なるべく外出して、遊び歩く姿を周囲に見せよう、ということになった。


 名付けて、観劇大作戦────



 そんな訳で、馬車で劇場に赴き演劇を観賞した。





 今日の劇の内容は、こんな感じだった。



 辺境の地に住むヒロインが、王子から婚約破棄され隣国に追放されるところから物語は始まる。


 物語の冒頭で、ヒロインは神ヤコムーンから聖女に任命される。


 それが原因でヒロインは、王子から婚約破棄されたしまった。



「そのような怪しげな者から、目を付けられた女と、結婚など出来るか!!」


 ────ヒロインは追放される。



 追放されたヒロインは、隣国ガルドルムの王子と結婚した。


 そしてヒロインは、隣国で何不自由のない贅沢な暮らしを満喫する。 



 だが、彼女は自分を追放した辺境国への憎しみを、忘れることは無かった。

 

 ヒロインの復讐心は、日に日に脹れ上がっていく────



 そして、聖女は神に祈る。


 自分を追い出した、辺境国を滅ぼして欲しい、と────

 

 神ヤコムーンは聖女の願いを聞き届け、天使を派遣し、辺境国の住民を一人残らず殺し尽くした。

 

 物語の最後に辺境国を訪れた聖女が、辺境国の全ての住民が死んでいることを確認する。


 ヒロインは満足げな笑みを浮かべる。



 そして────


 神ヤコムーンに感謝の言葉を述べて、舞台の幕が下りる。


 

 ……。


 …………。


 この劇は帝都で流行りの小説を、舞台化したものだ。



 私にはどこが面白いのか解らなかったが、客の受けは良いようだ。




 ────劇が終わると、劇場は拍手に包まれた。

 

 私は貴族専用の二階席から、一階席を見る。

 一階席はチケットの値段も比較的安く、お金さえ払えば平民でも入れる。


 客層は、女性が多い。


 女性向けの劇なのだろう。


 しかし、女性の間でも、好き嫌いが分かれる内容だ。



 ……この男には、かなり退屈だったんじゃないかしら?


 私はルドルの様子を見る。



「────辺境の王子の失敗は、あの女を初手で殺しておかなかったことだろうな。処刑せずに『追放』したのが間違いの元だ。……だが、処刑するのは政治的に難しいか……だとすれば、力を付けるしかないな。────天使共を迎え討てるだけの戦力を用意して、戦うしかあるまい」



 ヒロインを殺す方法と、天使の打倒を考えていた。


 どうやら男視点では、そういう感想になるらしい────



 やっぱりこの劇は、男が観て面白いものではないようだ。


 ……まあ、女性向けだしね。


 それに、破滅の元凶である聖女に対抗する手段を真面目に考えている様子を見ると、ある意味『楽しんでいる』と言えなくもない…………。

 





 舞踏会から、一か月半が経過した。


 私は久々に、昼食会に招かれる。



 中央政治の情報も、色々と仕入れることが出来た。




 どうやら『聖女』は、『更生施設』に入れられることが決まったらしい。


 大怪我を負ったミルフェラは神殿で集中治療を受けて、一週間で何とか歩けるくらいまでは回復したそうだ。


 第三王子のヤコマーダが王族会議で、ミルフェラの更生施設入りを強く主張し、決まったらしい────


 天使から『教育しろ』と言われていたこともあって、聖女は帝都から更生施設へと移送された。



 

 聖女が都落ちした。


 これで私に対する風当たりも、かなりマシになるだろう。


 ────だが、油断は禁物だ。


 ミルフェラがこのまま、更生施設で大人しくしているとは限らない──

 復権の可能性も、十分にある。


 私は引き続き社交を控え、観劇に『うつつを抜かす』振りを続けることになる。








 舞踏会から、二か月後────

 

 私はライドロース家のトレーニングルームで、汗を流している。


 聖女が帝都から追い払われたとはいえ、私がヤコムーンに敵視されていることに変わりは無い。


 鍛錬を繰り返し、戦闘技術を磨く。



 その訓練中に、喧嘩が勃発した。


 私の専属執事のジャックが、凄まじい怒気を発する。



「ルドル殿……前から申し上げているではありませんか。────お嬢様への折檻で、尻を打つのは御控え下さいと……」


 あの男は訓練中に私が気を抜くと、容赦なく尻を引っ叩く。



 昔からそうなのだが────


 私も成長し、十歳になった。


 最近になってジャックが、そのセクハラ指導を問題視して、尻叩きは控えるようにとルドルに申し入れていた。



 あの男はその要請を無視して、今日も私のケツを引っ叩いた。



 それでジャックが、ブチ切れたのだ。


 ジャックは私の事になると、感情的になりやすい。





 ルドルと対峙している、ジャックは笑顔だ。


 笑顔だが、笑ってはいない。


 微笑みながら、あの男に怒気を放つ。



 叱られている訳でもない私が、ビクッとなる。


 スラム育ちのジャックは、マジ切れするとメチャクチャ怖い。



 だが────

 あの男はジャックの怒気を全く意に介さずに、私の尻を追加で引っ叩いた。




 パシィィン────!



 なんでよ!?

 

 『とばっちり』だわ!!


「酷いです。師匠……」



 私は涙目でお尻をさすり、あの男に抗議する。


 その抗議を無視して、あいつはジャックに反論した。



「そうは言ってもな。頭をぶん殴る訳にもいかんだろう? ────訓練に必要なんだ。────俺は尻叩きを、止める気はない」


 

 何なのよ、そのこだわりは……?



 こいつは割と子供っぽいところがあって、注意されると意固地になることがある。あっさりと、引く時もあるのだが……


 今回は意固地になっている。


 

 まあ、私は尻を叩かれてもあんまり気にしてないんだけれど、言われてみたら、かなり問題よね。


 お嬢様のお尻を、頻繁に折檻するなんて……。




 ジャックはその身に、殺気を宿す。


 ……あっ、これは本格的にヤバいわ。 



「ルドル殿……」


 ジャックが護身用の剣の柄に、手を添える。


 ────本気で、殺す気になっている。



 だが、その時にはすでに、あいつはジャックの眼前に移動していた。


 そして、剣の柄を指で押さえている。


 ジャックが剣を抜く前に、あいつは────

 その動きを、指一本で封じたのだ。




「こいつの戦闘能力を向上させるために、この仕置きは必要なんだ。────訓練方針に口を出したければ、俺に勝てるようになってからにして貰おう」


「…………ッ」



 実力差は歴然────


 ジャックは憮然としつつも、矛を収めた。



 収まらないのは、私の気持ちだけだ。

 二発の尻叩きの内、一発は必要なかったわよね────?



「────休憩は終わりです。訓練を再開いたしましょう!」


 私はちょっとムッとしながら、号令をかけた。


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