第36話 暴走する悪役令嬢


 私達は年端も行かない子供だ。


 だがそれでも、貴族として社交場に立っている以上は、大人と変わらない責任を背負うことになる。



 貴族の家に生まれた者は幼い頃から、礼儀作法と社交を叩き込まれる。


 九歳で社交界デビューをしなければならないからだ。



 あの悪役令嬢は、自分がどれだけ努力をしていたかを必死でアピールしていたが、そんな努力など、この場にいる大半の者が当たり前にしてきたことで、なんら特別なことでは無い────



 それぞれが、家と名誉を背負っている。


 子供たちは家の方針に従って、一族を代表して社交を担う。


 この舞踏会も、子供の遊びではない。

 



 当然のことながら──

 親や使用人も、そのバックアップをすることになる。


 侯爵令嬢ミルフェラの周囲には、五人の帯剣した護衛がいる。


 婚約破棄騒ぎが起こり、ミルフェラに国外追放が言い渡されると、彼らは自分たちの護衛対象の元に集まっていた。




 ────流石は侯爵家だ。


 武装した護衛の、随伴が許可されている。



 うちの場合は、ルドル一人。


 しかも、帯剣は許可されない。

 外様の辺境伯ですからね。


 やっぱり直参の侯爵家は、待遇が違うわね。







 五人の屈強な護衛に周囲を守られたことで、ミルフェラは冷静さを取り戻した。

 

 ホールデン侯爵家の意向は分からないが────

 少なくともこの場にいる護衛達は、まだ彼女のことを見限っていない。


 それがミルフェラに、自信をもたらした。



「残念ですわ、ヤコマーダ様……あなた様はもっと、聡明な方であると思っていましたのに────」



 静かにそう言うと、悪役令嬢はこちらを振り向く────


「あの小賢しい小娘の魅了魔法にかかり、私との婚約を破棄し、国外追放するなどと…………仕方ありませんわね。────私があなた様の愚かな目を、覚まして差し上げましょう」

 

 そして、その周囲に魔力を漲らせた。






 冷静に話してはいるが、彼女の顔には嫉妬が充満していて、醜く歪んでしまっている。


 ミルフェラは魔法スキルの使用を開始した。


 ────狙いは私だ。



 彼女の周囲に、直径五センチほどの水の球が次々に出現する。



 王子の護衛達がそれを阻止しようと近づくが、ミルフェラの護衛達に阻まれる。

 

 剣と剣がぶつかり合う。


 

 王子の護衛は技量に優れた者が選ばれているのだろうが、ホールデン家の護衛達は時間稼ぎに徹していて、簡単に崩せないでいる。


 そうこうしているうちに────


 水球の数は見る見る増えていき、その数は数百なった。









「わぁぁあああああ!!!!」


 私の周囲から、人が逃げ出して行く。


 何人かの男の子たちが、勇敢にも私を守ろうと立ちはだかってくれたが、それぞれの家の護衛達が、彼らを強引に抱えてこの場を離脱する。



 ナイスよ。


 護衛の人達!!


 無駄な犠牲を出すことは無いわ。








 ミルフェラが使おうとしている、魔法スキルは水魔法『ウォーター・バレット』のようだ。


 対象に向けて、水の弾丸を高速で撃ち出すことが出来る。


 水の球といって、侮るなかれ。

 撃ち出された魔法の水球は、岩の表面にめり込み削る。


 拳銃の弾丸と比べても、遜色ないくらいの威力がある。



 ────それが、数百……。


 ミルフェラは私に向けて、マシンガンを構えている様なものだ。



 

 そりゃあ、みんな逃げ出すわよね。


 逃げるのが正解だ。



 ただ一人、ミルフェラの魔法に全く動じない男がいた。


 私の護衛────

 ルドル・ガリュード。



 彼は慌てることなく、持参した白い棒を片手で構えて────


 私とミルフェラの間に立つ。







「この、愚か者がッ!!! 護衛が一人いたところで、何の障害にもならないわ!!! 得意の手品で、どうやって防ぐのかしら?」


 手品ってなんの事かしら?



「無理よね? ────私の魔法は、小手先の誤魔化しで、どうにかなるものでは無いわ。────そうね。肉壁をあと五個、用意していれば、助かったでしょうけどね!! 辺境伯の娘では無理よね。────喰らいなさい、小娘ッ!! ウォーター・バレット!!!!!!!!」


 勝利宣言しながら、悪役令嬢は私に向けて魔法を放つ────



 ドビュヒュヒュッ、ヒュッ シュヒュヒュヒュ ドビビュッ、シュヒュヒュビュッヒュヒュ ビュッ、ドビヒュヒュッ、シュビュッ、ドヒュュ!!!!!!!!!!!




 五秒間にわたり────

 無数の水の弾丸が、私を殺すために撃ち出された。



 ミルフェラの言う通り、それらは容赦なく、人間の身体をバラバラにして肉塊へと変える────


 それだけの威力を有している攻撃だ。



 彼女が魔法を撃ち終えた時、私は確実に死んでいる。


 逃げ場はないし、高速で撃ち出される弾丸を避けることは不可能────

 身体中を抉られて、穴だらけになり私は死ぬ……。


 この場にいた誰もが、そんな未来を思い描く……。




 しかし、そうはならなかった。


 ミルフェラが魔法を撃ち終えても、私はまだ生きている。



 私の護衛ルドル・ガリュードが、彼女が撃ち出した弾丸をすべて弾き飛ばしたからだ。


 魔法の訓練で、見慣れてはいるけれど……。


 改めて見ると凄いわね。


 こいつ……。







 私はこの男の強さに呆れていた。


 その一方で────

 悪役令嬢は、茫然としている。



「なっ、馬鹿な! ……なんだ、あいつは…………よくも……私の魔法を────邪魔しやがって、あの小娘さえ殺せば、あのボンクラ王子も目を覚まして、私ともう一度、婚約するはずだったのに……私だって、私を裏切ったあんなクズ男と、結婚なんて本当は嫌だけど、国の為に────いい家族になれるように、我慢して、努力してやろうと思っていたのに……全部、全部……あの小娘のせいで、私は上手く行かない……」


 ミルフェラは、わなわなと震えている。



 震えながら、何か呟いている。


 だが、最初の『なっ、馬鹿な!』以外は、早口過ぎて聞き取ることは出来なかった。



 ────何を言っているのかしら?

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