第14話 高笑い


 私は八歳になった。

 ライドロース領内では、この一年で、大きく政治が動いている。


 お爺様が領主を引退して、お父様が後を継いだのだ。



 新たにライドロース辺境伯領の領主となったお父様と一緒に、私もお城で暮らしている。

 引退したお爺様は、私達親子がこれまで暮らしていた屋敷に入れ替わりで入って、そこで暮らすことになった。



 領主となったお父様は、とても忙しそうにしている。


 後を継ぐ予定のお兄様も、お父様のお手伝いを始めて忙しそうだ。



 私はといえば、今までとあまり変わらない。

 午前は社交のお稽古をして、午後からは戦闘訓練に精を出す、たまに遊びに来るフィーちゃんに乗って空を飛び、リンちゃんの様子を見に行ったりしている。

 


 ────ただ、変わった事もある。


 趣味が増えたことと、私付きの執事が一人増えたことである。





 私は空き時間に、趣味で歴史の研究をしている。

 ────研究と言っても本を読むだけだが、結構面白い。


 ライドロース城は、六百年以上前に建てられたお城だ。


 聖ガルドルム帝国がこの地を支配した後で建てられた古城で、代々領主が居住してきた。



 このお城の書庫には、古い本が収められている。

 昔の本ほど毀損しない様に閲覧禁止になっているが、その写本を読むことは出来る。



 そして帝国と戦った、この辺境伯のお城にある本は、帝国の正史である『表の歴史』では無く、『裏の歴史』を書き記した書物が多く眠っている。



 表の歴史は帝国や天主創世教を徹底的に正当化し、不都合な要素を省いている。


 それに比べて、裏歴史の書は帝国や宗教に遠慮せず書かれているものが多い。

 

 ────私は暇を見つけては、お城の書庫で本を読んだ。


 

 そして本を乱読するうちに、我がライドロース家がかつて帝国に滅ぼされた『フロールス王家』の末裔なのではないかと突き止める。


 ……。


 …………。


 このライドロース城には、帝国にとってかなり危険な書物が数多く眠っていたようだ。


「────これもまた、帝国に知られては不味い情報よね」


 まったく……。

 

 こんな危険な情報が無防備に眠っているなんて、ガルドルム帝国とライドロース家双方ともに、危機管理がなっていないわ。


 私は呑気にそう思った。









「フィリスお嬢様、訓練の時間でございます────」


 書庫で本を読んでいると、執事のジャックが時間を知らせてくれた。


 私のスケジュール管理は、彼の仕事の一つだ。

 私は着替えをする為に、自室に戻る。

  

 

 ジャックはお爺様の古い知り合いで、剣の修業仲間だったのだそうだ。


 スラム出身のジャックが、勉強をさぼって町を徘徊していた若き日のお爺様を襲って、返り討ちに遭ったのが二人の出会いだ。


 ジャックに剣の素質があったので、お爺様に拾われて……という経緯で、ジャックはライドロース家に仕えてきた。



 今はお爺様の推薦で、私専属の執事をしている。


 私は着替えを済ませて、訓練施設のある中庭に出た。








 私とセレナとンガ―ちゃんは、中庭でパンチの練習を開始する。


 今日練習するパンチは、アッパーカット──

 略してアッパーだ。


 アッパーは、肘をくの字に曲げたまま、下から上へと打ち出すパンチだ。

 相手の防御を突破して、顎にダメージを与えることを目的に繰り出す攻撃となる。


 前に出した足を踏みしめて、その反動をパンチに乗せて、相手の顎に届ける────高威力のパンチであるが、攻撃の際に自身の防御が手薄になってしまうので、(右手を突き上げると、左手のガードが下に下がってしまいがちになる)注意が必要だ。


 また、相手の顎だけではなく、ボディを狙った攻撃としても使うことが出来る。

 動作が大きくなり、隙も生じやすいが、勝負を決めることの出来る一撃だ。


 ────私は練習に励んだ。






 その日の晩、私は眠る前に日課の魔力操作の訓練をする。


 魔法の練習は、小さな頃からやり過ぎると体を壊すと言われて、ほどほどにしていた。


 大出力の魔力を無理して使い過ぎると、身体にガタが出てしまうそうだ。


 魔力操作の訓練は、低出力で行っている。



 最初の頃は、魔力で作った細い紐で、あやとりをして遊んでいた。


 今は魔力で砂絵のように、空中に絵を描いている。





 ……。


 …………。


「たまには思いっ切り、魔法をぶっ放したいわ」


「……お嬢様、乱暴な言葉遣いは御控え下さい」


 隣に居たセレナに嗜められた。  


 

 その後で、私の意向を尊重して、解決案を提示してくれる。


「近々、ルドル様が領内にいらっしゃる予定ですので、その時にご相談なさってはいかがでしょうか?」



 ────あいつが来るんだ。


 それなら確かに、相談相手としてピッタリだ。


「お嬢様、笑顔が少々だらしないです。もっとお淑やかに……」


 

 ……あら、やだ。

 ────私、ニヤついていたの?





 魔法を思い切り撃てるかもしれない、そう考えたらニヤケてしまったようだ。


 いけないわ。

 セレナしかいないとはいえ、気を抜き過ぎね。


 私は反省する。



「もう寝るわ。おやすみなさいセレナ────」


「おやすみなさいませ、お嬢様────」



 セレナが退出した後で、私はベルに声をかける。


「ルドルが来るんだ。先に知らせてくれればいいのに────」


 『────ん? 早く、知りたかったの? ひょっとして、会うのが楽しみだったりするの?』



 ……はぁ?

 何言ってんのよ、この妖精は……。

 


「知らないわよ。そんなの、バカッ────」


 私はそう言うと、布団をかぶって眠りに就いた。




 


 ────二週間後。

 

 ルドルが護衛するライル商隊が、このライドロースの地にやって来る日だ。

 


 出迎えに行くことにした。


 私がお城の外に出るのは、フィーちゃんやリンちゃんと遊ぶ時くらいで、セレナやンガ―ちゃんと外出する機会はほとんどない。


 なので、たまには皆で、お出かけしたかったのだ。




 向かう先は、領内にあるデルドセフ商会の敷地────


 敷地内の飛空場に、ルドルの乗った商船がやってくる予定だ。



 

 私達は商会の職員に案内されて、飛空場へと移動する。


 飛行場に入ると、ちょうど空から船が降りてくるところだった。






 

 飛空船は確か、十五年ほど前から開発され、実用化された新技術だ。


 ルドルの知り合いのライル・クラウゼという人物が考案し、独占している。


 彼の所属するヤト皇国と、デルドセフ商会にしか飛空船は存在しない。


 飛空船は今も、ライル・クラウゼとルドル・ガリュードによって、細かな改良が加えられているらしい。




 そんな、先端魔導技術の粋を集めた船が、ゆっくりと空から降りてくる。


「オーホッホホ!! オーホッホホ!! オーホッホホ!!」


 空をつんざく、笑い声と共に……。


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