第10話 魔境
フィーちゃんが私を背に乗せ、すごいスピードで空を突き進む。
ぶぉぉぉおおおおお!!!!!!
強風に髪がなびく────
空の風は冷たい。
急速に体温が奪われ、寒くなってきた。
凍える私に気付いたフィーちゃんが、魔法で風を操る。
私の所に、ほとんど風が来なくなった。
フィーちゃんが私の負担を軽減する為に、調整してくれたようだ。
「ありがとう、フィーちゃん」
私はフィーちゃんの背を撫でて、感謝を伝えた。
……。
…………。
強風も収まったことで、余裕が出来た。
私は顔を上げて、周りを見回す。
上空から眺める景色は、綺麗だった。
空は青く澄んで、見下ろす大地には麦の実った畑が続いている。
人の住む家が建ち並んでいる。
上空から見ると、小さくて豆粒の様だ。
私はフィーちゃんに乗って、南へと移動した。
背の高い大きな山が、聳え立っている。
ライドロース領の南方にあるスベラスト山────
空の上から見ると、一際大きな山の周囲にも複数の山が隆起していて、トゲトゲになっている。
山と山の間には、深い森がある。
人が入り込むと、生きては出られない──
ここは、魔境と呼ばれている場所だ。
魔境の入り口──
人里に近い山には、人も住んでいるらしい。
────あっ!
人の集落が見えた。
話に聞いたことがある山岳民族だわ。
大きめのテントがいくつもあって、人が生活を営んでいた。
フィーちゃんは空を飛び、山をいくつも飛び越えて魔境の中心に入る。
森の中に、大きなイノシシみたいな魔物がいた。
フィーちゃんが標的に対し、吹雪を発生させる。
魔物の体温を奪い動きを鈍らせ、それから氷の刃を無数に撃ち込み、獲物を仕留めた。
フィーちゃんは得意げだ。
偉いわね。
私は頭を撫でてあげる。
フィーちゃんが仕留めた獲物を食べ始めた。
私はその間、木の枝の上で座ってお留守番だ。
「……あら?」
血の匂いに引き寄せられたのか、一匹の子犬が近寄って来たわ。
木の枝に座る、私を見上げて──
『クゥ~ン』と、可愛らしく鳴いている。
フィーちゃんも、子犬の存在に気付いた。
獲物を横取りに来たと思ったのだろう。
大声で子犬を威嚇する。
『ギュガァぁァアア!!!!』
私はそれを押し止めた。
「追い払っては、かわいそうよ。少し分けてあげて────」
魔物の肉はかなり大きい、独り占めすることは無いだろう。
フィーちゃんは私にお願いされ、渋々と、子犬に肉を分け与えた。
フィーちゃんはご飯を食べ終えると、私の元にやって来た。
私は木の枝から、フィーちゃんの背に飛び乗る。
────がぶっ、がぶっ!!
子犬はまだ、食べている。
分けてあげた肉を食べ終えた子犬が、私の元にやって来た。
……あら?
木の上から見た時は子犬だと思ったが、私と同じくらいの背丈があった。
結構、大きかったのね。
野生動物のくせに、毛並みが綺麗だった。
それに、知性を感じさせる賢そうな顔をしている。
その子が私の前で、お座りをする。
────そして、仲間になりたそうな顔で、こちらを見ている。
…………。
……ふむ、いいわ。
配下に加えてあげましょう。
私は魔力をその犬に流し込み、従魔とした。
犬の頭をなでながら、『あなたの名前はリンちゃんよ』と言って、名前を付けてあげた。
リンちゃんは嬉しそうに『わぉおお~~~ん』と、遠吠えをあげる。
家に連れて帰ろうかと思ったけれど、フィーちゃんの背中に乗せるスペースがないのよね。
フィーちゃんが足で摘まむか、口に咥えれば連れて行くことは出来る。
……けど、それはあんまりよね。
残念だけれど、家には連れて帰れない。
────仕方ない。
この子も、放し飼いにすることにした。
フィーちゃんに乗って、ここに会いに来ましょう。
「……また、来るからね」
そう言って、私達は家に帰った。
────数日後。
屋敷が大騒ぎになった。
庭にでっかい犬が、ちょこんと立っていたからだ。
犬は屋敷よりも大きく、立派な毛並みをなびかせている。
…………。
……。
私はその騒ぎを聞いて、庭に飛び出した。
大きな犬の傍らには、私の従魔のリンちゃんがいた。
私は魔力で繋がったリンちゃんと、意思疎通が出来る。
事情を聴いてみた。
…………。
……。
どうやらこの大きな犬は、リンちゃんのお母さんらしい。
リンちゃんと友達になった私に、挨拶しに来たようだ。
『……なるほどな。娘をよろしく頼む────人の子よ』
……。
何が『なるほど』なのか分からないけれど、私も挨拶を返す。
手を胸に当て、スカートを摘まんで軽く足を引いて、お辞儀をする。
「こっちこそ、よろしくね」
リンちゃんのお母さんは、私の匂いを嗅いでいる。
暫くそうしていて満足したのか、リンちゃんを連れて魔境に帰っていた。
後で聞いた話では、リンちゃんは犬では無くて『フェンリル』という魔物らしい────
フェンリルは上位クラスの魔物で、滅多に人前に現れないそうだ。
私は氷竜に続き、フェンリルを従魔にした。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
フィリス・ライドロースが誕生し、一年と半年が経過した頃────
ライル商隊の護衛として、ルドル・ガリュードが再び、ライドロース領に訪れていた時の話だ。
辺境伯領の城の一室に、一年前と同じ四名が集っていた。
ライドロース辺境伯が、念を押す様に確認を取る。
「……間違いは、無いのか?」
「あくまで、この『グレイゴールの書』に記されていた情報が正しければ……という前提の話だが────」
「……歴史上もっとも高潔で、聡明な知将が残した書物です。我々に疑う余地はありません」
ルドル・ガリュードの答えに、ジェフリーが肯定的に頷き、同意する。
「……一年前、超魔人に襲われて、氷魔法を行使した直後の、あの子の瞳は赤く、髪は黒だった。────恐らく、本領を発揮するときに、黒く変色するのだろう……」
「では、やはりあの娘は……」
緊張した面持ちで確認するケイティに、ルドルが答えた。
「────ああ、あの子はこの世界で、『吸血鬼』と呼ばれる存在のようだ」
……。
…………。
ルドル・ガリュードは『グレイゴールの書』を読み、そこから得た知識から、フィリス・ライドロースが『吸血鬼』と呼ばれる存在だと知る。
そして、それをライドロース家に伝えた。
知らされた彼らは……。
…………。
「となると、やはり我らは……」
「聖ガルドルム帝国のその上、神ヤコムーンを敵に回すしかあるまい────」
誰一人迷うことなく、神と敵対する道を選んだ。
そして────
「……ルドル殿、貴殿は?」
その情報をライドロース家にもたらした男は……。
「────俺はもとより、奴の敵だからな」
自信に満ちた笑みで、ライドロースの味方をすると宣言した。
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