第9話 日記


 フィリス・ライドロースです。


 私は元気です。

 五歳になりました。


 私の部屋にあったドラゴンの卵が、今日孵りました。


 ピシピシぃィイイイイ!!!!!

 という音を立てて、割れた卵の中から、カッコイイ銀色の竜が出てきました。


 氷竜という、氷属性の竜です。


 竜にしてはちょっとちっこいらしいけれど、強いです。

 名前は『フィー』ちゃんです。


 

 …………。


 ……。









 日記をつけてみた。


 五歳児らしい、バカっぽい文章で書けたと思う。


 これで誰かにこの日記を見られたとしても、私が天才だとは分かるまい────



 我ながら、天才的な偽装能力だわ。


 おーほほほっ────



 私は心の中で、自画自賛する。




 『……いや、こんな内容の日記を誰かに見られたら、この屋敷が焼き討ちに遭うわよ』


 ベルが呆れながら、そう言った。


 

 ……。


 …………確かにそうね。




 せっかく書いたけれど、この日記は焚書にしよう。


 ぼぉおおお!!!!



 暖炉で燃やした。

 ────これで良し! 





 

 卵から孵ったフィーちゃんは、予想に反して良いガタイをしていた。


 可愛い系では無く、カッコイイ系の竜だ。


 

 屋敷の中では飼えないので、放し飼いになる。

 

 生まれたてだが、すでに自力でエサを取って食べるだけの戦闘力と、生活能力があるらしい。


 

 私はフィーちゃんに、『屋敷では一緒に暮らせない』ことと、『人に見られないようにしなければいけない』ことを伝えた。


 フィーちゃんは、こくんと頷く。


 理解したようだ。


 ────賢い!!





 私とパートナーのフィーちゃんは、すでに魔力的な繋がりがあり、声に出して会話しなくても、心の中で意思疎通が出来る。


 フィーちゃんは窓から外に出ると、気配を消す結界を張ってから、東へと飛び立った。


 ライドロース領の東には、ズスタロス大山脈がある。


 私達の住む、フォーン大陸を東西に分ける大山脈だ。



 標高の高い山脈は、とても寒い。

 極寒の地で、とても人が暮らせる環境ではない。

 

 だが、氷竜にとっては生活しやすい場所らしい。

 フィーちゃんはそこで、暮らすことにしたようだ。



 時々、私の様子を見に来ると言っていた。


 ────部屋には、卵の殻だけが残されている。


 ……。


 この殻は記念に取って置きましょう。

 部屋のタンスに仕舞っておいた。





 

 思い返せばフィーちゃんとは、二年以上も一緒の部屋で過ごしていたことになる。

 居なくなると、なんだかちょっと寂しくなった。



 『またすぐに、会いに来るわよ。あいつ────』


 ベルがそう言って慰めてくれた。


「そうね!!」

 

 私は気持ちを切り替えて、マナーのお稽古に向かう。


 





 私達ライドロース家は、聖ガルドルム帝国の貴族だ。


 帝国貴族の子弟は、九歳から社交に参加することになっている。



 それまでに、身に付けておかなければいけないことが沢山ある。

 テーブルマナーやダンス、それに挨拶や社交術を覚えておかなければならない。


 私も複数の家庭教師を付けて貰って、勉強を開始している。

 


 ライドロース領内の貴族の子弟や、近隣の領地の同年代の子供達との交友も徐々に増えてきた。




 初めて同年代の貴族の子供と対面した時は、かなり緊張した。

 なにせ、前世が前世だ。


 上手く付き合えるだろうか……?





 ────だが、私のその心配は、杞憂に終わった。


 お爺様のお誕生日に、お城でパーティが開かれた。


 私はお父様とお母様に連れられて、お兄様と共にパーティに参加する。

 両親の後をついて回り、同年代の子がいたら前に出て挨拶をする。


 教えられた通りに、右手は胸に添えて、左手でスカートを摘まんで少し上げる。

 軽くお辞儀をしてから、お嬢様言葉で名を名乗る。


 一通り挨拶をして回り、その後は自然と同年代の子供が集まってお喋りになる。


 私の周りには、男女問わず人が集まってきた。

 労せずに人気者になった。


 前世とは大違いだ。


 






「────近隣の領地とは、昔から仲が良いからね。それに、フィリスは可愛いし物覚えも早いから、ここでは皆が好意的に接してくれる。────けれど……帝都に行けば、そうもいかないよ」


 ハロルド兄様から、忠告を受ける。



 どうやら、貴族の社交というのは、一筋縄ではいかないらしい。


 ライドロース家は領地は小さいが、北方地域では格式の高い家柄のようで、周辺の貴族から一目置かれ、尊重されている。


 ────けれど帝都では、様相が違ってくるのだという。





 辺境の田舎貴族というだけで中央の貴族からはバカにされ、敵視されてしまうらしい。


 

 不安で『行きたくないな』という気持ちと、『私はそれなりに美少女だし、優秀だから大丈夫だわ!』という楽観が、心の中でごちゃ混ぜになっている。


 ────複雑な気分ね。




 辺境伯の家の子は、中央から目を付けられない様に立ち回る必要がある。


 私は間違いなく、辺境伯の娘としてマークされるだろう。



 ────私は次の日からも、マナーのお稽古を頑張った。






 お城でのパーティーから数日後……。


 こん、こん────

 私の部屋の窓が、ノックされる。


 屋敷の庭に、氷竜のフィーちゃんがいた。



 どうやら遊びに来たようだ。


 この日は、お稽古の予定はない────



 私はフィーちゃんに乗って、遊びに出かけることにした。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る