第8話 竜の卵


 ~前回のあらすじ~

 

 三歳の私は、甘えん坊である。

 両親や兄に、容赦なく甘えている。


 甘えることが出来る間に、甘えておくというのが今の方針だ。



 前世では、誰にも甘えられなかった。


 ────その反動なのかもしれない。  



 しかし、メイドのセレナとは普通に接する。

 むしろ彼女に甘えるのは、気恥ずかしさを感じて苦手だった。





 そして私の心には、自信が芽生えてきていた。

 両親からも、周囲からも、愛されて育ったのだ。


 ────見た目も、愛らしい幼女の姿をしている。


 これで、いつまでも卑屈でいる方が難しいだろう。

 


 そんな私の部屋には、卵がある。

 


 直径一メートルくらいの、大きな卵だ。


 ある日突然、部屋の中に置いてあった。

 誰がいつ、置いたのかは分からない。



 …………。


 ……。


 気が付けば忽然と、巨大な卵が部屋に存在していた。


 第一発見者は、勿論、私だ。

 私はタマゴを見つけると、パシパシと叩いてみた。


 ────頑丈だ。


 ビクともしない。



 もう少し、強く叩いてみましょう。

 私はそう思い、玩具の木の剣を装備した。


 お兄様のおさがりの、子供用の木刀である。


 私が剣を振りかぶり卵を攻撃しようとすると、メイドのセレナが部屋に入ってきた。



「お嬢様! おさがり下さい!!」


 私の蛮行を目撃したセレナが慌てて、私を抱きかかえて、謎の卵から引き離す。





 ……。


 冷静に考えると、正体不明の卵に攻撃を加えるなど、愚か者の所業であった。


 とっても賢い私にしては、あり得ないような迂闊な行動だ。


 

 引き離してくれて、ありがとう。 

 ────ナイスよ、セレナ!






 部屋に謎の卵が出現してから私は、両親の部屋で寝泊まりすることになった。



 あの卵って、なんなのかしら?


 『────あれは、竜の卵よ』



 私の疑問に、風の妖精のベルが答えてくれる。

 

 ……竜?


「竜って、あの竜────?」


 竜といえば、吸血鬼と並ぶヤコムーンの敵……。


 ヤコムーン教に関して、私はセレナから色々と話を聞いて知識を広げている。


 神ヤコムーンが自身の敵として名指ししているのが、『ドラゴン』と『吸血鬼』だ。



 そのドラゴンの卵が、なんで私の部屋に────?


 ……。


 …………。


 そういえば私も、『神の敵』だった。

 天使の群れに襲われたのだから、そういうことなのだろう。


 ひょっとして同じ神の敵同士、私にシンパシーを感じたのかしら? 



 『────ん? そうね。あんたのこと、気に入ったんじゃないの、あの子。────良かったじゃない、竜のパートナーになれるなんて、滅多にないことよ』


 私の推理が当たっていたようだ。


 この世界では、魔物と従魔契約を結び、使い魔とする人もいる。


 ……でも。


「────ええっ、困るわ!」



 私は困った。



 




 竜を使い魔にするなんて……。

 そんなことしたら、教会の手の者がこの屋敷ごと始末しに来るじゃない。


 焼き討ちに遭うわ。



 只でさえ、私は神の敵なのに────



 『大丈夫よ。教会の奴らがどれだけ来ようと、竜一匹で皆殺しに出来るから』



 …………。


 ……竜ってそんなに強いんだ。



 まあ、神様の敵、というくらいだから、人間が束になっても勝てないわよね。


 そんな竜を、私の従魔に……。


 ────ふ~む。


 ……。


 …………。


 良いじゃない!

 世界一可愛い幼女に、相応しいパートナーだわ。




 ────けど、やっぱり。


「うーん、でも……屋敷の皆に迷惑をかけちゃうわね。私が竜を飼うのは無理よ」


 『────放し飼いにすればいいじゃない』



 ……放し飼い。


 家族の皆には、なんて説明しよう。


 私は世界一可愛い幼女で、家族に愛されているけれど、それでも『竜を飼いたいの、お願い!』といっておねだりしても、流石に許してはくれないと思う。




 『その辺の説明は、ルドルがしてくれるわよ。……ちょうど一週間後くらいに、ここに寄る予定だから、その時に────』



 えっ!

 あいつが来るの?

 

 会うのは、久しぶりね。


 あいつも成長した私を見れば、きっと驚くわ。

 前に会ったのは、一年前だもの。



 ……。


 あいつが今の私を見れば、きっと、『光源氏計画』を思いつくはずだわ。


 いえ、ひょっとして、もうすでに……。



「────ねえベル、つかぬことを聞くけれど、……ルドルは私の事、何か言ってない? あの幼女、可愛いな。とか────将来、嫁にする為に、いまから、ぐへへ、とか────」


 『…………言ってないわ! ────私の主は、そんなヤベー奴じゃないわよ』




「そっか、まあそうよね……」


 私は少し気落ちした。


 どうやら私は些か、天狗になってしまってたようだ。

 私の可愛さは、それほどでもないらしい……。



 ────まあ、いいか。

 すぐに気を取り直す。


 私はまだ幼女だもの、そんなものよ。


 でも、もう少し大きくなれば、ちょっとくらい……。


 …………。







 一週間後、屋敷を訪れたルドルによって、私の部屋にある卵が竜の卵であると家族に伝えられた。


 このことは、お父様とお母様とお兄様だけに知らされる。





 

 ルドルは風の結界を張って、部屋から声が漏れない様にしていたので、どんな話があったのかは分からない。


 けれど、結論は私とセレナにも知らされる。



 放し飼いであれば、竜を飼っても良いということになった。




 

 竜の卵には、定期的に私の魔力を流すと良いと言われた。


 

 竜の子の名前は『フィー』ちゃん。


 生まれる前から、もうすでに名前が付いている。

 ────私は直感的に、それが分かった。



 私はタマゴに魔力を流しながら、元気な子が生まれますようにと願った。





 ◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆



 聖ガルドルム帝国の北方を統括する神殿に、教皇ニヤコルム・ヤコームル十五世からの手紙が到着した。


 その手紙を受け取った大司教は、その内容に頭を抱えた。


 辺境伯の娘を始末するように、という内容だったからだ。



 大司教は辺境伯との関係を良好に保つために、常日頃から腐心している。


 突然、娘を殺してしまえば、関係の悪化は避けられない。


 

 しかもその手紙には、なぜ『フィリス・ライドロース』を始末せねばならぬのか、その理由が記されていなかった。


 いくら教皇からの要請とはいえ、理由も判らずに、そのような政治的な混乱の予想される要請には従えない……。



「帝都でふんぞり返っているニヤコルムには分からないだろうが、地方には地方の苦労があるのだ。バカ者めっ!」


 その為、大司教は教皇からの要請を、放置することにした。





 帝都の大神殿から、北方の神殿まで手紙が届くまでに、四~五か月は時間がかかる。

 

 大司教からの任務遂行の報告を心待ちにしている教皇が、『あの件は、どうなった?』という内容の催促の手紙を出し、大司教が『折を見て、準備が整い次第』という変身を返す。


 そのやり取りが、二度繰り返された。



 それでも色好い返事がないことに、しびれを切らした教皇が、『フィリス・ライドロースの殺害要請は、神の神託によるものだ。────逆らうのであれば、神への反逆と見做すぞ』という内容の手紙を出した。


 それでようやく、大司教が動き出すことになる。


 教皇が初めて手紙を出してから、三年以上の歳月が流れていた。 

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