第7話 神託


 私が妖精のベルと出会ってから、数日後────


 ルドル・ガリュードの、旅の仲間がこの城を訪れた。

 彼は商隊の護衛として、世界を旅しているらしい。


 あの男が護衛する商隊は、元々、このライドロース領で商売をする為に来ていて、領主であるお爺様とも昵懇だったらしい。




 ルドルは滞在中に、とある本を読んでいた。

 

 ────グレイゴールの書。

 


 この城の書庫に大昔からあって、厳重に封印されていた本らしい。


 その本の封印は、これまで誰も解けなかった。

 けれど、ルドル・ガリュードには解けたようだ。

 

 ────どうせ、彼以外には『誰にも読めない本』ということもあり、お礼も兼ねてその本をルドルに譲渡することになった。



 大陸の西と東では、扱われている言語が違う。

 彼は西の言語の会話しかできない。


 西の文字を覚えながら、本を読み進めているらしい。






 ルドルが所属している商隊は、ライル商隊という名前なのだそうだ。


 ライル商隊は一か月ほどこの領地で商取引を行い、次の目的地へと旅立つことになった。



 あの男ともお別れだ。

 

 彼は旅立つ前に自分の使い魔の『ベル』を、そのまま私の元に残してくれた。

 ベルがいれば、私が天使に襲われても、魔法ですぐに駆けつけることが出来るらしい。


 ────魔法って便利ね。




 ルドルは旅立って行った。


 お別れである。

 なんだか名残惜しい────

 

 だが、ライル商隊は世界を巡る冒険商人だ。


 あの男は世界を巡り、またこの領地を訪れるだろう。






 ……。


 …………。


 あの男の旅立ちを見送ってから、私はあることに気付く────。


 ルドルを初めて見た時に、私はどこかで見たことがある顔だと思った。


 なんだか、懐かしいような……。

 どこかで、会ったことがある相手だと感じた。



 でも、彼は大陸の東出身で、この大陸の西に訪れたのは初めてなのだ。


 私が生まれてから今まで、会ったことがある訳がない。



 そう『生まれてから』一度も……。

 でも確かに、見覚えがある。


 ここで閃いた。

 生まれる前の、『前世』は────?



「────あっ!!」


 思い当たる、相手がいた。

 前世の、中学の時の同級生の『あいつ』……。


 私が恋心を抱いて、慌ててそれを封印して、無かったことにした。


 その相手…………。 

 『あいつ』が年を取った姿が、ルドル・ガリュードだ!!


 こうして連想して、思い当ってしまうと──

 それ以外には考えられない。

 

 …………。


 ……。









 ────どうしよう?


 ベルに聞いて、確かめてみようかしら……?

 そう思ったが、聞けなかった。


 あいつの事を聞くためには、私の前世も話さなければいけなくなる。

 知り合いかどうかを確かめる為には、こっちの情報も提示しなければならない……。



 …………。

 

 私は思い悩んだ……。



 そして、私は──

 結局、話すことが出来なった。


 私には過去の自分を、打ち明ける勇気が無かった。



 ルドル・ガリュードが『あいつ』だということは、私の心の中に仕舞っておくことになった。





 ──── ── 


 ──────── ──── ──

 ──────── ──── ──── ──

 ────────────────  ──── ──── ────────





 私は二歳くらいから、2,3の単語を用いて話し始めていた。



 親の機嫌を取るのは、それで十分だった。


 簡単なことだわ。




 沢山の言葉や、難しい文章はいらない。


「お父様、大好き!!」


「お母様、綺麗!!」



 ────これで十分。


 両親は大喜びだ。

 


 

 その頃の私は、何度も鏡で自分の姿を確認していた。

 自分で言うのもなんだが、私の容姿はかなり可愛いい────


 両親も、セレナも、他の使用人たちも、こぞって私の事を『世界一可愛い』と言ってくれた。

 

 身内贔屓だとしても単純に嬉しかったが、同時に不安でもあった。


 可愛くなければ──

 私はまた前世のように、誰からも愛されない存在になるのではないかと……。


 だから、不安に駆られて、鏡を見るのが習慣になってしまった。





 ──── ── 


 ──────── ──── ──

 ──────── ──── ──── ──

 ────────────────  ──── ──── ────────




 私はフィリス・ライドロース────

 三歳になった。


 このくらいになればもう、普通に喋っても良いだろう。

 両親とも、コミュニケーションを取り始める。


「お父様────あの、我が家の財政は、大丈夫でしょうか────?」


 そんな『こまっしゃくれた』ことを、言ったりする子供になった。



 前世では、お金に困った貧乏暮らしをしていた。

 その時のことを思い出し、不安になって、ライドロース家の財務状況を確かめたり、節約を進めたりした。





 頻繁に鏡を見ていた習慣は、三歳になった頃には鳴りを潜めている。


 人は慣れる生き物である。


 両親だけではなく、使用人も、領主であるお爺様も、帝都から帰ってきたお兄様も、お兄様の婚約者になった隣の領地のご令嬢も────


 皆が私の事を可愛いと言って、可愛がってくれる。

 私の事を、好きでいてくれる。


 それが実感できて、安心して生活できるようになった。


 …………。


 ……。


 

 ────いつか、『世の中、そんなに甘くない』という状況に陥ってしまうかもしれない。


 だが、今は── 

 甘えることの許される幼子の今だけは、存分に周囲に甘えておこうと思う。


 私は家族に甘え、甘やかされて育った。



 ◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆




 聖ガルドルム帝国・帝都ガルドールムの大神殿で、神に祈りを捧げていた教皇、

ニヤコルム・ヤコームル十五世に神の神託が下った。



 『フィリス・ライドロースを始末せよ』



「おお!! 神が語り掛けて下さるとは……」


 ニヤコルムは、感動で打ち震える。

 彼は暫く、そのまま見悶えていた。


 その後で、神から与えられた使命を遂行する為の思案に入る。

 


「『ライドロース』といえば……あの辺境伯か、やはり、神の敵であったか……それにしても、はて……?」


 辺境伯は潜在的に、神の敵である。


 神殿では代々、そう目されてきた。



 『始末するように』との神託が下ったとしても、不思議はない。


 ニヤコルムが訝しんでいるのは、『フィリス』という『個人』を、神が特別に指定したことだ。



「────余程の、罰当たりに違いない」



 ニヤコルムは直ちに、北方を統括する神殿に、『フィリス・ライドロース』を始末するようにとの書簡を出した。


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